第5話 運命が変わる日
一体、誰なのかと尋ねようとしたサナだったが、直前で飲み込んだ。
そして、その代わりにお礼を述べた。
「助けていただき、ありがとうございました」
サナは青年が弓を持っていたことで、命の恩人だと理解した。
しかし、強力な狙撃をした人物のイメージと目の前の武力とは無縁そうな青年が一致しない。
「いえ、人探しをしているので失礼します」
青年は見返りもなく、その場を立ち去ろうとする。
「待ってください! あなたの名前を教えていただけませんか?」
「要。幾世要です」
これがサナと要の最初の出会いである。
ゴブリンの一件の後、ボナー男爵家から代わりの御者が送られてサナは当初の予定通り身売りをする。
少し前までと違うのは、サナの目には年相応の少女のような輝きがあった。
一瞬の事ではあったが、ピンチの時に助けに来てくれる勇者のように映ったからだ。
しかし、その興奮も長くは続かなかった。
「あの方がわたくしの勇者だったなら……」
都合の良い妄想を抱きくも、すぐにこれから待っているボナー伯爵の愛人生活という絶望に心を折られる。
「要様は出で立ちから伝え聞く勇者ではありません。どうして、夢なんか見させたの」
希望を知ってしまったからこそ、落胆は大きかった。
折角、心の奥に封じ込めた勇者への憧れが溢れて出てきていた。
そして、遂にボナー男爵の屋敷に到着した。
「おぁ、これは噂通り。いや、それ以上に美しい!」
サナの容姿を嘗め回すように見ると、ボナー男爵は満足そうにねっとりとした表情を浮かべる。
そんな姿にサナは生理的に拒否反応を起こすが、ここから逃げ出すことも叶わない。
「お初にお目にかかります。フォルマー家の次女、サナでございます」
「うむ。礼儀もなっておるな。早速、今夜から相手を頼もうかのぉ」
「……はい」
愛した相手に捧げたいと思っていた純潔が、あっさりと中年のおじさんに散らされるとサナは諦めた。
サナはその時までになるべく感情を無くすように努めていた。
日が落ち始めた夕暮れ、屋敷の使用人が慌ててボナー男爵に報告をしに来た。
「なにぃ! いや、まさか」
ボナー男爵は驚くやいなや、大きく見開いた目でサナを見る。
その視線に気まずさを感じ、サナは思わず質問をする。
「どうかなさいましたか?」
「これからユア王女がここ参られる」
「それがどうかしのですか?」
ユア王女が来ることに自分は関係ないので、なぜ凝視されたのか余計に謎を呼ぶ。
「いや、お前には関係ないことだ……」
ボナー男爵はサナに何か言いかけようとするが、苦虫を嚙んだような歯切れの悪い態度ではぐらかされる。
どのみち自分にとっては何が起ころうと関係の無いことだと、サナは気にも留めなかった。
だが、サナの運命が変わる時はもうすぐそこまで来ていた―――
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