第48話 開戦

「我が国を裏切るだけではなく、私の勇者を攫ったサナ・フォルマーを討伐しなさい!」


オルフェウス軍を鼓舞するため、普段は出さない大きな声でユアは総大将としての役目を果たす。


戦場に王女が出てくることは珍しく、そのため兵士たちの士気は極限にまで高まる。






一方、サナもトルギス軍の総大将としての役割を全うするため、突撃前に兵士たちを激励する。


「勇者である要様を私利私欲のために兵器として利用するユア・オルフェウスを許してはなりません! わたくしたちがここで負ければ、トルギス王国は蹂躙されてアナタたちの家族は奴隷にされるのは火を見るよりも明らかです。ならば、その元凶をここで打ち滅ぼしましょう!!」


サナの言葉を聞いたトルギス軍の兵士たちは「おぉぉ!」と歓声が上がる。

サナによってオルフェウス王国に負けた時のことをイメージさせられたので、目は充血しているかのごとく赤く染まっていた。




そして、期は熟したと感じた両軍の総大将は号令をかける。


「「全軍、突撃!」」




両軍の兵士たちはお互いを滅ぼすために衝突した。




鉄同士がぶつかり合う音が絶えることなく、戦争は続いていく。




半日が過ぎる頃、軍の指揮を預かる立場であるレーナが、最前線まで移動して叫び始める。


「要殿ぉ! 出てきてくれ!!」


戦争の勝敗を決める勝負どころでもないのに指揮官のレーナは目立つ位置まで出てくる。

最前線に出てくるだけでイレギュラーなのに、さらには敵の勇者を呼びつけるという行為に理解が追いつかない両軍の兵士は思わずレーナに視線を向ける。



レーナの声は要の居るトルギス王国が陣取っている最奥の総司令部にまで届いていた。


要は何故か自分のことを深く知っているレーナからの呼びかけに、指揮官を倒すことで戦争の早期決着のために応えるつもりであった。



「サナさん、僕行ってきますね」


要に身を寄せるようにしてくっつているサナに要は告げる。



「敵の指揮官を倒しに行くのですか?」


要の記憶は封印されているが、念のためにレーナに対して特別な感情が湧いていないのかを確認するためサナは質問をする。


「はい。敵の指揮官を倒せば戦争が早く終わり、命を落とす兵士も少なくなると思うんです」


要がレーナのことを全く心配する素振りがないことにサナは満足する。

そして、サナは要の頬に手を当てながら口を開く。


「敵の指揮官を要様の手で殺してください。妻として夫の帰りを信用して待っています」


サナは自分で要の妻というワードに酔いしれながら、レーナを殺すように後押しをする。

記憶が何かの拍子で戻ったとしても、自らの手でレーナを殺したという変わらない事実を付けさせるためである。




そして、要はレーナの待つ最前線まで足を運ぶ。




「よく来てくれた。必ず私の呼びかけに応えてくれると信じていたぞ!」


まさか要が本気で命を狙ってくるとは知りもせず、呼びかけに応えてくれたことが嬉しくてレーナは機嫌を良くする。



「あなたを倒しに来ました」


要は目的だけを端的に伝える。

レーナに恨みはないが、争いを終わらすために倒す決意を固めて来た要の手には既に弓と矢が顕現していた。



「え? いや、別に戦うために呼んだのではないぞ??」


レーナの言葉に要は毒気を抜かれる。

大将が戦争の局面を変えるべく、双方の同意に基づいて一騎打ちをすることがある。

今回のレーナからの呼びかけも同様だと要は思い込んでいた。


いや、状況からしてレーナ以外の全ての人も要と同じ解釈をしている。




「どういうつもりですか? なら、どうして僕を呼んだのですか??」


戦闘態勢は崩さないまま、要はレーナに問う。



そんな要の様子を見たレーナは、まるで常識を子供に説くかのように答える。



「『敵軍の女騎士』や『結ばれない二人』は覚えていないのか?」


レーナはかつて要と一緒に見た劇の名前を挙げ、それについて覚えていないのか確認をする。


しかし、レーナの記憶を封印されている要は一切覚えていないので、「知りません」と返答するのみである。



「そうか……。この作品は女騎士と主人公が駆け落ちをする物語なのだ」


レーナは分かり切っていたことだが、要が覚えていないことに落胆する。



「それがどうしたのですか……?」


レーナがヒントを出すが、いまだに要はピンとこない。


そのことを察したレーナは味方や敵が入り乱れている戦場にも関わらず、堂々とした態度で宣言することにした。





「つまり、私と駆け落ちをしよう!」

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