第22話 偽りの希望
要との共同生活が始まってから、アイギスは少しだけ明るさを取り戻していた。
妹のように面倒を見てくれる要の存在は、親からの愛情を知らないアイギスにとっては新鮮であった。
「要の国についてもっと教えて」
「分かりました。じゃぁ、今日は食文化について話します」
アイギスは要が居た日本について興味を抱き、その話を聞くことが楽しみになっていた。
知的好奇心の強かった以前のアイギスの片鱗が時折あらわれていた。
「何か食べたいものはありませんか?」
「この前作ってくれたシチューていうのがいい」
アイギスの希望により食卓には日本食が並ぶことが多かった。
その中でもアイギスは特にシチューを気に入っていた。
「はい、口を開けてください」
動けないアイギスの上半身を起こし、要が料理をスプーンで食べさせていた。
最初の頃は恥ずかしがっていたアイギスであったが、今では要に甘えることが板に付いていた。
「おいしい」
そして、要に食べさせてもらう料理をアイギスが褒めるまでが一連の流れである。
要の方も久しぶりに妹に会ったような気分になり、アイギスを同情心からだけはなくて妹として助けたいと考えるようになっていった。
「じゃぁ、明日は隣町の図書館まで行ってきますね」
ただ、共同世界が始まってから二十九日が経過してもアイギスの対価を取り払うことはできていなかった。
アイギスの考えていた解呪方法は既に試し尽くしており、ここ数日の要は情報集めに奔走する日々を送っていた。
要が家を出たあと、一人になったアイギスには新しい習慣が出来ていた。
「もっと、要と一緒にいたい。本当は死にたくない……」
アイギスは泣きながら本心を漏らすのであった。
決して要には聞かれないように一人の時しか弱音を吐かない。
アイギスは対価を奪われていく苦痛に耐えらないので死にたいと思っていたが、今は要に迷惑を掛けたくないので自分は死ぬべきだと考えが変わっていた。
一か月という短い期間ではあるが、要の優しさに触れられたのは愚かな自分に与えられた唯一の救いと感じていた。
「アイギス、ごめん……。今日まで解呪することはできなかった」
要とアイギスが出会ってから三十日が経過した。
つまり、今日が対価を支払う日でありアイギスの望みを叶える日でもあった。
「元々は孤独のまま消える命だった。でも、要のおかげで楽しかった」
アイギスを助けられなかった悔しさに涙を流す要につられるように、アイギスも泣いてしまう。
「最後に……、対価を奪われるときに発現する魔法陣にコレを突き刺すのを試したい」
要は最後という言葉を口に出すのに躊躇いながらも、解呪できるかもしれない手段をアイギスに見せる。
アイギスに見せたのは短剣であり、これは魔法陣に刺すと発動を無効化できるアイテムである。
この一カ月間で様々な場所へ駆け回った中には競売場も含まれていた。
アイギスを助けるために魔法アイテムの探索もしており、この世界に来てから貯め込んだお金を惜しみなく使って競り落としていたのであった。
「わかった」
ここまで自分のために抗ってくれる要の提案をアイギスは断る筈はなかった。
時間になるまで要は少しでも落ち着かせようと震えるアイギスの手を握る。
そして、アイギスを包み込むように魔法陣が発動する。
要は手に持っている短剣をすかさず魔法陣に刺した。
特に魔法陣が破壊されたような変化は見られないまま、これまで通りに魔法陣が起動して消滅するのみである。
短剣によって魔法陣が消滅した手ごたえはなく、ただ役目を終えた魔法陣が徐々に消えていく様だった。
「なにも、なにも奪われていないっ」
アイギスは自分から何も奪われていないことを確認し、希望に満ちた目で要に成果があったことを知らせる。
___が、その希望はすぐに打ち砕かれた。
「うっ……」
要が激痛の走る右目を手で押さえながら、片膝をついていた。
その光景にアイギスは既視感を覚えた。
それは、アイギスが対価によって体の部位を奪われたときに発生する痛みに悶え苦しむありさまだである。
「どうしてっ……。なんで要から取ってくのぉぉぉ!」
どうしようもない現実を嘆くように、アイギスは声が枯れるまで悲鳴を上げるのであった。
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