第43話 知らない気持ち


ユアはザスケスの執務室へ行き、要への過度な訓練を辞めるように説得をしていた。



「本来、要様は戦う義務などないのです! ですから、無茶な実践に投入するのは控えてくださいっ」


部屋の外に居る使用人にまで聞こえるくらい、ユアは答弁に熱が籠って大きな声を出していた。


「何度も繰り返し言うが、個人よりも優先されるべきことがある。王女という立場ならそのくらい理解して欲しいのだがな」


ザスケスは呆れた態度を隠すことなく返答する。

ザスケスにとっては不毛なやりとりであり、それでも同じ問答をしつこく繰り返してくるユアに嫌気をさしていた。



しかし、今日のユアは今までとは違った。



「そうですか。それなら、ザスケスの息子も要様に帯同していただきます」


「なっ……。それは意味のないことであろう!」


ザスケスの一人息子を要に帯同させることで、おいそれと要を危険地帯へ送り込めなくしようとユアは考えた。


その作戦は効果的であり、いつも高圧的で取り乱すことの無いザスケスが慌てていた。




「それでは私はこれで失礼いたします。必要な人事手続きがありますので」


クルっと踵を返し、ユアは部屋から退出しようと歩き始める。



そして、ドアに手を掛けたタイミングでザスケスが呼び止める。



「分かった。私の負けだ……。要殿の訓練は一般過程と同じくする」



「そうですか。その言葉を忘れないでくださいね」


ユアは聞きたかった言葉をザスケスから引き出すことが叶って満足気になる。



「私が折れたのだから、息子の件も慎重に頼むぞ……」


ユアの提案通り要への行き過ぎた実践訓練を辞めるので、息子を危険な場所へ配置するのも取り消すことをザスケスは確認するように言う。



「分かりました。ですが、次に要様の命を軽んじるようなことをすれば、息子だけではなく夫人にも同じ目にあっていただきますね」


要という大切な存在が出来たことで、ユアは人質がいかに有効なのか身を持って学習した。

それにより、今まではしてこなかったような脅し方を初めてするようになった。


この時の要はユアにとっては初めての友達に過ぎなかったが、それでも悍ましい本性の片鱗を見せ始めていた。





ユアが退出した後、ザスケスは椅子に深く腰掛けながら考えふけっていた。


「あの娘は誰だ。聖女と呼ばれている王女とは似ても似つかない。まるで___」



___悪魔だ。



ザスケスは口に出すのが恐ろしく、心の中でユアを悪魔と呟く。





ザスケスへ釘を刺してから、そのままユアは医務室で安静にしている要に会いにいくことにした。


ザスケスに話を付けたことで要の安全をある程度保障できたことを伝えるためである。

それに、毎日顔を合わることが日課になっているため、用事がなくとも会いたいと思っていた。



「要様、今ザスケスと___」


ユアは話を切り出しながら医務室へ入ろうとするが、踏み入れた足と共に途中まで出した言葉を引っ込める。



「だから、魔族を倒してくださいっ。お願いします」


要の専属メイドとして宛がわれているナターシャが、要の手を握りしめながら二人きりの医務室で話していた。



何故か咄嗟にその光景を見て、ユアは部屋の外へ逃げてしまったのである。




「この胸のチクチクはなんでしょう……。それにナターシャを見るだけで嫌な感情が沸いてくるのを止められない」


これまでに感じたことのない気持ちにユアは襲われていたのであった。

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