第42話 狂気のキッカケ
要が召喚されてから数カ月が経過する頃にはユアと要は打ち解けていた。
人と関わることが苦手な要は傍から見るとユアと接触している時でもぎこちない態度を取っているように思えるかもしれないが、要にとってユアは心を許して一緒に過ごせる数少ない人物になっていた。
ユアも王女という色眼鏡で自分を枠に嵌めない要の前では一人の少女で居られていた。
しかし、お互いに立場のある人間であり、要には魔族と戦う使命があった。
「では要殿、戦闘に慣れていただくためにも比較的力の弱い魔族と戦っていただきます」
ザスケスが要を呼び出し、戦闘訓練を開始する旨を伝える。
弓の勇者という力を備えて転移したものの、日本ではまるっきり戦いとは無縁であった要の内心は恐怖で染まっていた。
次の日、早速ザスケスの提案通り、要と数名の騎士を伴って人類の領地から距離の近い場所へ遠征をしに行った。
遠征場所である街へ足を踏み入れた要は、惨憺な光景に目を覆いたくなる。
魔族によって滅ぼされた街は、倒壊した建物や大きな穴があいた地面などが数多く見受けられた。
要は滅ぼされた街中を散策していると、建物の影から一体のゴブリンが襲い掛かってきた。
「ギャァァァ!」
ゴブリンは鋭い爪を剥き出し、威嚇するように声を上げながら要に向かっていく。
「うっ……」
ここに来る前に基礎的な訓練は受けていた要だが、初めての実践では上手く体が動かずにゴブリンの爪で右腕を引き裂かれてしまった。
幸いにもそこまで深い傷ではなかったが、命のやり取りをするプレッシャーに要は押し潰されそうになる。
「ヴォォォッ」
要を仕留めきれなかったゴブリンは激高し、先程よりもスピードを上げて要へ襲い掛かる。
目ではゴブリンの動きを捉えきれているものの、要は後ろへ後退する際に躓いてしまって尻もちをついてしまう。
無防備になった要をお構いなしにゴブリンは襲い掛かり、要は迫りくる死を感じる。
___が、次の瞬間にはゴブリンの首が血しぶきを出しながら飛んでいた。
「要殿、敵から目を背けてはなりません。それに腰に付いている剣は飾りではないですぞ」
勇者である要が鍛える過程で死なれては困るので、要の安全管理役として付き添っていた騎士がゴブリンを呆気なく殺したのであった。
同じようなやり取りがしばらく続き、遠征先からユアが待っている王都へ帰還するころには要の体は傷だらけになっていた。
王都へ戻った要は専属メイドとして帯同するようになったナターシャに医務室で治療を受けていた。
ナターシャは要と同い年でありながらも治癒魔法の才能を認められ、勇者である要の治療役と世話役も兼任している。
「大丈夫ですか!? その傷は……」
要がボロボロで帰還したという報告を受けたユアは、公務をそっちのけで医務室へと駆け込んできた。
治療中のため肌をさらしている要の上半身は、ゴブリンから受けた爪痕が数えきれないくらいあるのがユアの目に映る。
その傷跡を見たユアは涙を流しながら要に寄り添うのであった。
「僕は大丈夫です。なので、もう泣かないでください」
傷を負うことよりもユアの涙の方が堪える要はユアを宥める。
要はユアを泣き止ますために遠征の話をすると、ユアは目を大きくして驚く。
「そんな危険な訓練をしていたのですかっ? 私のところには何も報告が入っていません……」
要の扱いはザスケスが主導で取り仕切っているため、今回の遠征を止めたがるであろうユアには情報が遮断されていた。
普通はもっと基礎訓練から実践までの期間を設けるのだが、一刻も早くザスケスは要を弓の勇者として覚醒させるために荒療治として危険な環境へと放り込む方針にしていたのである。
「ザスケスには私から厳重注意をしておきますので、ご安心ください」
ユアは涙を拭きながら、要のためにザスケスの暴走を止めるように動くと告げる。
今までと同じようにザスケスに言うだけは無駄だと分かっているので、ユアはどのようにすれば従わざるを得ない状況に追い込むのか脳をフル回転させていた。
この一件から、ユアの狂気は芽生えていくのであった。
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