第10話 ヒロイン達の裏の顔
出発が遅れたので外が真っ暗になってしまったが、要は久しぶりの外出を存分に楽しんでいた。
ただ外を散歩しているだけであるが、景色を見るだけでも気分が晴れやかになっていた。
海上の城から一番近くにある街を歩いていると、要を誘うような香ばしい匂いが漂ってくる。
その匂いに夕食を食べていない要のお腹は空腹であることを思い出したかのように音を鳴らす。
「せっかく外に出たから、今日は外食でもしようかな」
普段とは違う夕食に心を躍らせながら、美味しそうな匂いで誘惑してくる店の中へと入っていった。
「いらっしゃい! あれ、ここでは見ない顔だね」
十七歳である要と歳が変わらなそうな明るいウェイトレスの女性の接客を受ける。
「初めてこの街に来ましたので」
初対面の人と話すのが苦手なので、ボソッと要は答えるしか出来なかった。
しかし、そんなことは気にも留めず、ウェイトレスの女性はグイグイと要に話かけていく。
「じゃぁ、私がこの店のおすすめを教えなくちゃね!」
メニュー表を開きながらウェイトレスの女性は食レポのように味を伝えていく。
どれも美味しそうな料理なので注文を決めかねた要は、結局はウェイトレスの女性にお任せにすることにした。
「はい、お待ち! 当店自慢のドリアだよ。熱いから気を付けて食べてねっ」
ウェイトレスの女性は料理を運び終えると、要と同じテーブルの席に座った。
その行動に理解が追いつかない要は固まってしまう。
「少し話に付き合ってくれない?」
人付き合いの不得意そうなオーラを放っている要は、何故そのような提案をしてくるのかと疑念を抱く。
その後、おしゃべりなウェイトレスの女性に要が短い一言で返答する形で会話が進んでいった。
人が苦手なだけで、決して毛嫌いしている訳ではない要は少しづつ楽しい気持ちになっていった。
「どうして僕なんかと会話をしたいと思ったのですか?」
食事を終えた要は、帰る前に気になっていたことをウェイトレスの女性に尋ねた。
すると、ウェイトレスの女性は思いふけった表情になりながら話し始めた。
実は、この街には魔王との戦いのため若い男性は徴兵されていたのであった。
そのせいで元々若者が少なかった街には、ウェイトレスの女性以外の若者が居なくなってしまったのである。
そんなところに同年代と思われる要が来店したことで、久しぶりに歳の近そうな要と会話をしたかったという訳であった。
「すみません。僕でよければいつでもここに来ます」
魔王をもっと早くに討伐できていれば、もしかしたらこの街の若者達が徴兵されずに済んだかもしれないと要は責任を感じていた。
なので、罪の意識からこの店に通おうと要は心に決めたのである。
「絶対だからねっ!」
ウェイトレスの女性は今日一番の笑顔で答える。
だが、それは叶わない夢になるのであった。
食事を終えた要は、店を出て海上の城への帰路についていた。
それに入れ違えるようにしてユア達は要が少し前まで滞在していた店に辿り着いていた。
要の靴跡を追跡したり、人海戦術で目撃情報集めなどを行った成果である。
「スゥン、スゥゥン。要殿の匂いはするのだがな」
店に入るなり、レーナは既に退店している要の匂いを感じ取った。
騎士の高みに達しているレーナの感覚器官は常人を逸脱しており、得意の嗅覚で要が少し前までこの店に居たことを突き止める。
「いらっしゃませっ」
ウェイトレスの女性がユア達を出迎えるなり、レーナが鋭い目つきになる。
「ん? どうやらこの女から一番要殿の匂いがする」
要の匂いがウェイトレスの女性からすることから、要の近くに長時間居たことがレーナには分かった。
自分から要を奪っていくのかと危惧したレーナはウェイトレスの女性に質問を投げかける。
「要殿をどこに隠した?」
レーナは剣を見せ付けながら語気を強める。
嘘を吐けば斬ると仄めかしていた。
「かなめ……殿とは、誰のことですか……?」
ウェイトレスの女性と要はお互いに名乗っていなかったため、レーナに聞かれても答えることが出来なかった。
しかし、レーナは要を隠されたと思い込んで逆上する。
「貴様っ! その体で要殿を誘惑したのか? 匂いが染みつくくらい密着していたのか??」
レーナは剣を抜き、振りかぶる。
「いやぁぁぁ!」
ウェイトレスの女性は目を背けながら泣き叫ぶ。
意味も分からず斬りかかられている不可解な恐怖も合わさり、ウェイトレスの女性の感情はぐちゃぐちゃになっている。
―――が、剣は一向に振り下ろされない。
アイギスが拘束魔法でレーナの動きを止めていた。
もちろん、ウェイトレスの女性を助けるためではなく、要の情報を得るために死なれては困るからである。
「私がこの女から情報を抜き取る」
アイギスはそう言うと、記憶を覗き見る魔法をウェイトレスの女性にかけた。
そして、先程のウェイトレスの女性と要とのやり取りを知る。
要が無事に海上の城へと戻っていると分かったユア達は落ち着きを取り戻した。
そして、ユアはウェイトレスの女性に不気味な笑顔で近づきながら半年は王都で暮らせるくらいの大金を渡す。
「この街から出て行ってくれませんか?」
「どう、して……」
恐怖のあまり、ウェイトレスの女性は過呼吸になりながらユアに尋ねる。
「要様と接点を持ったからです。それだけでは納得してもらえませんか?」
首を縦に振れば恐怖から解放されると思ったウェイトレスの女性は、よく分からないままユアの提案を受け入れた。
こうして街から若者が一人も居なくなった。
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