第6話 スタッフを募集しよう。

宴会はまだ続いている。


もうすっかり陽も落ちた。

周辺には街灯が設置されていないから、酒場の外は夜になると真っ暗だ。

見通しが効かない。


そんな暗がりに身を潜める人影があった。

油断なく周囲を警戒している。

背後に神秘的な白い巨竜を伏せさせたその人物は、腰にいた剣の柄から手を離さない。


「……なんだこの場所は……」


女性の声である。

凛々しい声色だ。

彼女は酒場から漏れ聞こえる騒ぎ声に耳をすましながら、突き出し看板を見上げた。

そして呟く。


「踊る子兎亭? 酒場なのか? 随分と盛り上がっているようだが、また珍妙な場所に迷い込んだものだな――」


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


夜が明けた。

俺は踊る子兎亭のバーカウンターに腰掛け、昨晩を振り返る。

とても楽しい宴会だった。


これから先もこの冒険者酒場を、あんな風な賑わいで満たしていきたい。

そう思える。

その為にもやるべきことは山積みだ。


俺は今後について考える。

店舗は出来上がった。

なら次は一緒に酒場を切り盛りしてくれる仲間を集めねばなるまい。


吟遊詩人や旅の楽団に扮するスタッフを雇おうか。

いや楽しそうだが、それはまだ先の話だな。


まずは差し当たり、調理スタッフとホールスタッフを募るのが良いか。


採用の条件はどうしよう。

そうだな……。

細かいことはとやかく言わない。

採用条件は異世界とかファンタジーが大好物であること!

うん、これでいこう。


:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:

冒険者酒場『踊る子兎亭』で一緒に働きませんか?

時給1800円から。

シフト制、交通費全額支給。

制服貸与。

賄いあり。

勤務中の飲酒自由。

ファンタジーが大好きな貴方の応募をお待ちしています。

:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:


よし、ちゃんとホワイトだな。

ブラック企業でこき使われてきた経験から、俺は労働環境に敏感だ。


ブラックダメ。

絶対。


俺は求人広告を打った。



ひとまず求人については、これで大丈夫だろう。

しばらくは様子見だ。


俺は応募がくるまで料理の研究をすることにする。

うちの看板メニュー『角兎ホーンラビットの香草焼き』に更なる改良を施すのだ。


昨晩はみんなこの料理を美味い美味いと喜びながら食べてくれたが、俺はまだ満足していない。

正味の話、完成度は50%という所だろう。


というかこいつはシンプルに美味すぎるのだ。

クセがない。

これじゃあ物足りない。

冒険者酒場の看板メニューはこうじゃない筈だ。


俺としてはもっとこう、美味いんだけど魔物肉らしいエグみもあるというか、なんかそんな感じが良いと思う。

ならば改善すべき点は多い。


俺はそんなことを考えつつ、バーカウンターから腰を上げようとした。

そのとき――



カランカランとドアベルが鳴る。

誰かが店に入ってきたようだ。


……はて?

誰だろう。

茉莉花ちゃんが戻ってきたのだろうか。

忘れ物か?


彼女はすでに俺から請け負った冒険者酒場建築の依頼を完璧にやり遂げて、引き上げていった。


「今度は客として来ます! 絶対です!」


そんな風に言い残して。


あー、茉莉花ちゃんがうちで働いてくれたら最高だったのになぁ。

あの給仕服姿はめっちゃ似合ってた。


しかし残念だが彼女には建築士という立派な仕事があるのだ。

これはもうどうしようもない。

再会に期待しよう。


……っと、思考が脇に逸れた。


俺は軽く頭を振って店に入ってきた人物を見遣った。

そして唖然とする。


「失礼する。お前がこの酒場の店主か? 我が名はヴェルレマリー。マルグレット王国、第一竜騎士団が団長にして第三王女。天空の守護者。姫騎士ヴェルレマリー・フォン・マルグレットである」


俺が目を向けたその先――

そこには美麗な胸当てを身につけ、腰に剣を帯びた、凛々しげな女騎士が立っていた。


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