第5話 兎の給仕さん

俺は踊る子兎亭の店内に、建築に関わってくれた皆さんを招き入れた。

一人ひとりに感謝を伝えながら、ビールを配って回る。


ビールはキンキンに冷えている。

そしてジョッキはファンタジー冒険者酒場でよく使われているような、木製で樽みたいな形のやつだ。


なみなみと注がれたビールは吊り照明の光を反射して琥珀色にキラキラ輝いている。

実に美しい。


「今日は全部俺の奢りだから、ジャンジャン飲み食いして遠慮なく騒いで欲しい。料理もすぐに用意するから」


そう伝えると店内に歓声が溢れた。


「乾杯!」


一斉に、そして豪快にジョッキが掲げられる。

中身が溢れようがお構いなしだ。

俺は勢いよくジョッキを傾け、ごくごくと喉を鳴らして一気に中身を飲み干した。

冷たいビールが喉を通り、臓腑に染み渡る。


「ぷはぁ! ビールうめぇー」


――タンッ!


小気味の良い音が響いた。

俺が空になった樽型ジョッキをテーブルに置いた音だ。

叩きつけるみたいにして置くから、こんな風な音が鳴るのだが、これは冒険者がよくやる飲み方だ。


一回やって見たかったんだよなぁ、これ。

でもガラスのジョッキだと出来ないんだ。

割れるのが怖い。

だからこその木製ジョッキである。

木製ジョッキ最高!



見れば周りでもみんな、俺と同じようにして、樽みたいなビールジョッキを床やテーブルに叩きつけていた。


タンタン、タンタンうるさい。

でも誰もが笑顔だ。

なんかちょっとワクワクする。


っと、それよりビールのおかわりだな。

二杯目からは自分で好き勝手に注いでもらうことにしよう。

俺は今から料理を準備しないといけないしな。


椅子から腰を上げようとする。

すると茉莉花ちゃんが近寄ってきた。


「風太郎さん、風太郎さん。いまからお料理の準備ですか?」


そうだが。


「それならお手伝いしますよ! あ、でもわたし、料理とか家事全般がてんでダメダメなので、配膳のお手伝いなんかをさせて下さい!」


ありがたい申し出だ。

なら手伝ってもらおう。


配膳か。

となるとウェイトレスさんだな。

ちょうど良い。

こんなこともあろうかと、用意していたものがある。



茉莉花ちゃんが頬を赤らめてモジモジしている。


「……あ、あはは。なんかこう、ちょっと恥ずかしいですね……」


何を恥ずかしがる必要があろう。

俺はいま猛烈に感動していた。


茉莉花ちゃんは鏡の前で、頭部からまっすぐ伸びた白い耳を、おっかなびっくり眺める。

そして照れたように胸の前で左右の人差し指をツンツン。


彼女はウサ耳を装着していた。

衣装は『ディアンドル』をファンタジー風にアレンジした物。


ディアンドルとはオクトーバーフェストとかでよく見るメルヘンチックな女性服で、南ドイツからアルプス辺りまで広く着られている欧州の民族衣装だ。


これが踊る子兎亭の給仕服である。

やっぱファンタジー冒険者酒場のウェイトレスさんと言えばこいつだろう。


「うん。よく似合ってる! 普段のスーツ姿も良いけど、こういうのも新鮮だな。まるで兎獣人の女の子みたいだぞ!」

「……ぅ、照れます」


とは言え茉莉花ちゃんは満更でも無さそう。


「えっと、なんと言えばよいのでしょうか。……うん。悪くないですね。新しい趣味の扉を開いてしまいそうです。ふふ」


新しい趣味?

コスプレとか?

それも楽しそうだな。


はにかみながら呟く彼女の手には、料理を運ぶトレーが乗せられていた。

出来立ての料理が、ほかほかと湯気を立ち昇らせている。


「……ふわぁ、いい匂い……」


茉莉花ちゃんがうっとりする。

これぞ俺が苦心して考案した踊る子兎亭の看板メニュー『角兎ホーンラビットの香草焼き』だ。


まぁ実際に使っているのは普通の兎肉ではあるものの、兎肉自体が日本ではあまり馴染みがないのもあってファンタジー感があると思う。

海外では結構食べられてるんだけどな。


兎肉はひと言で言い表せばコクのある鶏肉だ。

臭みも少なくて肉質も柔らかい。

それを各種ハーブと独自ブレンドしたスパイスでカリッと焼き上げた。

きっと日本人の口にも合うだろう。


「じゃあ運んでいきますね! 風太郎さんはどんどん料理を作ってください!」

「ああ、心得た!」


俺は鼻歌まじりの軽い足取りで厨房を出ていく茉莉花ちゃんを見送り、料理の続きに取り掛かった。

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