第50話 生配信開始です。中編
白い竜から降りてきた女騎士さまが、私に声を掛けてきました。
「新たな住人だな? 歓迎するぞ。私はヴェルレマリー・フォン・マルグレット。マルグレット王国が誇り高き第一竜騎士団の団長にして、第三王女だ」
知ってます。
というか有名人です。
この女騎士さまに関しては、あのゾンビ事件での活躍がばっちりお茶の間に放送されていたのですから、当然そのときの映像も出回っています。
有名にならない訳がありません。
なんなら有志によるファンクラブなんてものまで誕生してます。
しかももう会員登録数、5万人とかいってた気が……。
でもそれも無理ないと思います。
だって間近で本物を眺めて改めて思いましたけど、この女騎士さまってば、この世のものじゃないような美貌の持ち主じゃないですか!
意志の強さを感じさせるキリッとした眼差し。
陽光を受けてキラキラ輝く美しい銀髪や、黄金色の瞳に吸い込まれそうになります。
きっと私生活でも常に己を律し、品行方正であるに違いありません。
「ヴェルレマリー、待て待て」
佐々木氏(※フウタローの苗字です)が割って入ってきました。
「この人はウチを取材に来てくれたYouTuberの方でな。新しい住人じゃないんだ」
「そうであったか。……ふむん。ほぅほぅ、なるほどこれなるが実物のYouTuber……」
「随分と興味あるみたいじゃないか。ヴェルレマリーはYouTube知ってるのか?」
「ああ知っているぞ。酒を飲みながらよく観ているからな。色んなチャンネルがあって良い暇つぶしになる」
「そっか。つーかお前もすっかりこっちの文化に被れてきたよなぁ」
佐々木さんとヴェルレマリーさんは親しげに雑談を交わし始めました。
私はその様子を観察しながら、しっかりと配信を続けています。
こういう内部の人間関係を取材するのも大切ですからねー。
『うぉぉぉお、ヴェルレマリーさまだっ!』
『お美しい……』
『踏んでください!』
『話してる男は誰なんだよ。俺と代われ!』
コメント欄をファンの嫉妬が流れていきます。
とか思っていたら――
◆
「あ、そうだ。なぁヴェルレマリー。お前どうせ暇してんだろ? よかったらこちらのニィチカさんをフィンに同乗させて、空からの様子を配信させてやってくれよ」
――佐々木氏が、とんでもないことを言い出しました。
「ん? 私は構わんが」
ヴェルレマリーさんまで⁉︎
私は慌てて首を振ります。
めめめ、滅相もない!
え、遠慮しておきますっ!
「そうか? フィン――あ、フィンってのは、この白竜フィンブルリンドのことなんだけど、背中に乗せてもらって空を
いやいやいやいや――
ないない。
ないです。
ホントにないですって。
私は残念そうにしている佐々木氏の様子を、こっそりと窺います。
というかこの人も相当おかしいですよ。
佐々木さんってば、さっき自分で「俺は異世界人じゃなくて、普通に日本で生まれ育った、至って普通の日本人だ」とか言ってましたよね?
だったらなんでこんな巨大なドラゴンを前にして、そんな落ち着いていられるんです⁉︎
おかしいでしょ!
だってドラゴンですよ⁉︎
絶対おかしいですよ!
私なんてさっきから身体がぶるぶる震えて仕方がありません。
足もとから恐怖が這い上がってきます。
私にもプロの配信者としてのプライドがありますから、なんとか笑顔で堪えていますけど、ぶっちゃけ泣きそう……。
正直いますぐ逃げ出したいです。
考えても見てください。
目の前に檻から放たれて鎖にも繋がれていないトラやライオンやヒグマがいたらどう思います?
怖いでしょ!
逃げるでしょ!
しかもドラゴンですからね?
あのゾンビの群れを尻尾で叩き潰し、噛み殺しまくっていた、あの凶暴なドラゴンですからね?
トラやライオンやヒグマなんか可愛く思えちゃうくらい怖いに決まってますよ!
この恐怖はもう生物としての本能です。
さっき一度だけドラゴンと目が合いましたけど、その時点で理解しましたね。
ドラゴンは捕食者で、人間はただの餌。
天地がひっくり返っても敵わない相手。
なのに……その筈なのに……。
「フィンー! ……あああ、たまらん……。お前の鱗は今日もひんやりしてじょりじょりだなぁ。うひょー!」
すぐ目の前で、佐々木さんがドラゴンに抱きついて思いっきり頬擦りしています。
頭のネジが外れているのでしょうか。
心なしかドラゴンの方が逃げたそうにしています。
私は改めて思いました。
絶対、この佐々木氏はおかしい。
只者ではありません――
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