第27話 ファンタスティックビースト 〜馬編〜

獣人たちと一緒に転移してきた馬の数は、かなりの頭数だった。


内訳はユニコーンが2頭。

ペガサス1頭。

バイコーン2頭。

スレイプニルが3頭に……あと、なんだ、こいつは?


なんか変な馬(?)がいる。

いや上半身は普通に馬なんだけど、腰から下は鱗のある魚――というか水竜っぽい。

そんなのが3頭だ。


なぁこれは馬と考えていいのか?

後ろ脚の代わりに、頑丈そうなヒレとか生えてるんだけど。

って、立ちにくそうだな。


獣人たちが教えてくれる。


「そのお馬様は『ケルピー』ですね。ヒレがあるのは水棲馬だからです。ケルピーは野生だと湖などの水辺に棲んでいて、人間をおびきよせて溺死させるんです」


えっ?

いまさらっと溺死させるとか言った?

めっちゃ怖いんですけど!


「大丈夫ですよー。私たちが躾けていますし、ちゃんと飼育されたケルピーは滅多に・・・ひとを襲ったりしませんから!」


め、滅多にってなんだよ。

じゃあ、たまには襲うってことか⁉︎


「……んー、えっとぉ。そういうことも、あったりなかったり……」


獣人たちは返事をはぐらかした。

やっぱ危ないんじゃねーか!


くわばら、くわばら。

俺は、不用意にケルピーに近寄らないことを肝に銘じた。


しかし水棲馬か……。

たしか敷地には大きな池があったな。

差し当たりケルピーたちはその池にでも放り込んでおけばよかろう。

どうせ獣人たちも馬たちも、すぐには帰れないだろうしな。



俺は気を取り直して、今度はユニコーンを眺める。


美しい馬体だ。

さながら芦毛のサラブレッド。

キラキラ輝く純白のたてがみや、額から真っ直ぐに伸びた一本角が滅多矢鱈めったやたらに格好いい。


たまらん。

何というかこう、男子の誰もが胸に秘めたる少年心を刺激されるのだ。

まぁ厨二病ともいうが。


フラフラした足取りで、無意識にユニコーンに近づいていく。

獣人の女の子がそれに気付いた。


「あ、駄目ですよ。男性の方がそんな不用意にユニコーンに近づいたら――」


ぶるるん!


ユニコーンが鼻息を荒げた。

かと思うと後ろ脚で立ち上がり、天に向けて「ひひぃーん!」といなないてから突進してくる。


おわっ!

なんだ目標は俺か⁉︎


反射的に飛び退いた。

横っ飛びだ。

そのすぐ隣を、一本角を前に突き出したユニコーンが駆け抜けていく。


間一髪だ!

いま刺し殺されかけたぞ。

ドキドキする心臓を手で押さえる。


獣人のひとりが、慌ててユニコーンに駆け寄った。


「こらー! 駄目です! 男の人を襲ってはいけません!」


叱る女の子。

けれどもユニコーンは、素知らぬ顔をしている。

悪びれた素振りもない。

むしろ褒めてと言わんばかりの態度で、女の子に頬を擦り付け始めた。

甘えているのだ。


俺は歯軋りをする。

ぐぬぬ……。

なんだこの対応の差は。

おのれ、ユニコーンめ。

男嫌いにしても限度ってものがあるだろう。

危うく殺されるところだったわ!



憤る俺のもとに、ユニコーンとはまた別の馬が寄ってきた。

今度はなんだ?

っと、ペガサスか。


俺は寄ってきたペガサスを眺める。

こちらも白馬だ。

ユニコーンに負けず劣らず美しい姿。

肩甲骨の辺りから生えた大きな翼に対して、体躯はいくらかスリムかもしれない。

きっとスリムなのは軽やかに空を駆ける為だろう。


「ぶるるん」


ペガサスはもうすぐ目の前だ。

俺は身構える。

だって今しがたユニコーンに殺されかけたばかりだからな。

同じ轍は踏まない。


けれどもペガサスは、俺の警戒なんて気にした素振りもなかった。

そのまま額を下げて俺の身体に擦り付けてくる。


なんだ?

俺の鉄壁の警戒をこうも容易くあしらうとは、さてはこのペガサス、コミュ強だな?

というかそんな額を押し付けてきて、一体どうした?


戸惑う俺に獣人たちが微笑みかける。


「くすくす、懐かれちゃいましたね」

「そのお馬様、可愛いでしょう」

「ペガサスは大人しくて、人懐っこい子が多いですから」


なんだそうだったのか。

心配なんて杞憂だった。

そう分かった途端、なんだか無性にペガサスが可愛く思えてくる。

俺もなかなか現金なものだ。


仕方がない、遊んでやろう。

きっと俺の顔はいま、にやけている。

だって有名な幻想動物たるペガサスと、こんな直に触れ合えるなんて滅多にないぞ。


ほら、ほら、どうだ。

俺は額を擦り付けてくるペガサスのたてがみを、両手でわしゃわしゃしてやった。

すると嬉しそうに「ぶるるん」と鼻息を吐く。

もっともっととせがんでくる。


いいぞ、応えてやろう。

ここか?

ここがええのんか?


ペガサスは気持ちよさそうだ。

獣人たちは微笑ましく俺を見守っている。


「すっかり気に入られちゃいましたね。ペガサスって可愛いでしょう?」


ああ、ほんとに。


「でも気をつけて下さい。その子は人を乗せると――」


ペガサスが俺に向けて背中を差し出してきた。

なんだ?

どうやら、乗れってことみたいだ。

可愛いやつめ。


俺は両腕を伸ばし、ペガサスの背に跨がろうと試みる。

鞍も着けていないので一苦労だが、ペガサス自身が協力してくれていることもあって、俺は何とか跨ることに成功した。


「ひひぃん!」


ペガサスは嬉しそうに嘶く。

かと思うとパカラッ、パカラッとリズミカルに蹄を鳴らして、軽快に駆け出した。

ばさりと翼を羽ばたかせる。


直後、ペガサスの身体がふわりと浮き上がった。

俺を背に乗せたまま。


――おわぁ⁉︎


ペガサスはぐんぐんと高度を上げていく。

地面が遠くなる。

眼下ですっかり小さく見えるようになった獣人の女の子が、俺たちを見上げながら叫んでいる。


「と、飛んじゃった! だから気を付けて下さいって言ったのにー! そのペガサスは背中に人を乗せると、嬉しくなって空を飛んじゃうんですよぉ!」

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