第28話 ペガサスで空を駆けます。

ペガサスは軽やかに天空を駆ける。

空高く舞い上がっていく。

その足取りは弾んでいて、俺を背に乗せていることが嬉しくて仕方がない様子だ。


「ヒヒィーン!」


楽しそうで結構。

けれども俺には、そんな余裕とかない。


だってマジの上空なんだぞ。

雲がすぐそこだ。

命綱もつけずにこんな状況、さすがに誰でもビビるだろう!


ひぇぇ……。

俺はペガサスの首に両腕を回して、必死にしがみついた。



どれくらいの間、そうしてしがみついていただろうか。

少しだけ余裕が出てきた。


思えば先ほどから、空を駆けるペガサスの馬上は意外なほど揺れが少ない。

安定している。

これは地面を蹴ってないせいか?

ジッとしていれば、少なくとも振り落とされることはなさそうだ。


いくらか状況に慣れてきた。

こうなるとせっかくだし景色とか見たくなる。

俺は腕の筋肉の緊張を解いた。

おっかなびっくりしながらも、伏せていた顔を少しだけ上げてみる。

すると――


途端に視界が開けた。


目の覚めるような紺碧こんぺき

360度のパノラマ。

全方位に渡って、俺たちの行く手を遮るものはひとつもない。

空は自由だ。


どうやらペガサスは、うちの敷地の上空を大きく弧を描きながら旋回しているらしい。


眼下にはエルフの森と、立派に育った御神木ユグドラシル

遠くには街が眺められ、その向こうには緑豊かな山々が、地平線の彼方までずっと続いている。

まさに絶景である。


「……お、おおお……」


なんかすげぇー。

思わず呟いた。

大空は爽快だ。

進行方向から涼やかな風が吹きつけて、俺の全身を撫でていく。

それが何とも心地よい。

ああ、なんか良いかも。


そんなことを思った矢先、楽しそうにはしゃいでいたペガサスがビクッと震えた。

続いて青ざめ、小刻みに痙攣し始める。


どうした?

俺がペガサスに話しかけた瞬間、頭上を大きな影が遮った。

見上げるとそこに巨大な白竜がいた。


「……フウタロー! なんら、競争か? 空での競争なら、わらしも負けんぞぉ! ひっく……」


フィンブルリンドだ!

王国守護神竜とかいう大層な肩書きを持つデッカいドラゴンである。

そのフィンが、ヴェルレマリーに駆られて現れた。


ヴェルレマリーはあろうことか、ドラゴンの背中で酒を飲んでいる。

こ、こいつ、姿が見えないと思ったら……。

って、それ飲酒運転だろ!


日本の法律では牛や馬は『軽車両』扱いなのだし、だったらドラゴンだって軽車両なのだ。

いやフィンは軽くはないから特殊車両か?

ともかく飲酒運転ダメ、絶対。


酔っ払いが叫ぶ。


「いけぇ、フィン! あれなるフウタローに、ドラゴンの凄さを見せつけてやれー! きゃはは!」


酔った姫騎士がキャハキャハ笑いながらドラゴンをけしかけてきた。

最悪だ。

マジでこのアホは最悪だ。

当のフィンはもの凄く嫌そうな顔をしながらも、渋々とヴェルレマリーに従う。

きっと従順で立派な騎竜なんだろうけど、そこは従わなくてもいいと思う。


うぉっ⁉︎


馬上が揺れた。

ペガサスが泡を食って逃げ出したのだ。

待て待て待て、落ちる!

落ちるってば!


俺は再び、必死になってペガサスの首にしがみ付いた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


――ようやく地上に戻ってきた。


かなり本気で死ぬかと思った。

まだ心臓がバクバクしている。


酔っ払いヴェルレマリーは、空での追いかけっこに飽きたのか、フィンと一緒にどこかに飛び去った。

きっとその辺で飲み直すつもりなんだろう。

……あの姫騎士め。

覚えてろよ、絶対にあとでシメてやる。


散々ドラゴンに追い回されたペガサスは、精魂尽き果てたのか地面に横たわっている。

ゼェハァ、ゼェハァと、息も絶え絶え。

不憫である。

回復したらいの一番に人参の10本も差し入れしてやろう。


っと、それより続きだ。

まだ俺はバイコーンやスレイプニルを見ていないのである。


バイコーンは額の両脇から2本の巻角を生やした筋骨隆々の巨馬だった。

真紅の瞳で、体毛は漆黒。

浮き上がった太い血管とはち切れそうな筋肉量が凄まじい。

一言で言えば、世紀末覇者が乗ってそうな馬だ。


スレイプニルは八本足の馬である。

毛色は少し不思議な感じの色で、淡く輝く緑がかった栗色をしている。

バイコーンほどではないが、こちらも立派な体躯だ。

ユニコーンやペガサスに比べると体高なんか一回り以上高いし、脚の太さもがっしりしている。


たしかスレイプニルって軍馬なんだっけか。

よく走りそうだな。

それにバイコーンもパワフルそうで、馬車でも牽かせてみたらよく働くかもしれん。


そこまで考えてから、はたと思い出した。

そうだ、馬車だ。

俺はさっきまで、最寄り駅と冒険者酒場をつなぐ送迎馬車について思い悩んでいたんだった。


これって僥倖ぎょうこうじゃない?

まさに天からの……いや、この場合はファンタジー異世界からの贈り物か。


ちょっと獣人たちに相談してみよう。

なぁなぁ、いいか?

この馬たち、うちで馬車馬ばしゃうまやってくれないかな?




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