第29話 獣人の女の子は給仕可愛い。

「え? お馬様を馬車馬に、ですか? うーん、それは……」


獣人たちは簡単には首を縦に振らない。

お馬様はフェーリラ公爵の所有物だから、自分たちでは判断できないと言う。

まぁそりゃそうか。


「それより、ここはどこなのでしょう?」


獣人たちはキョロキョロと辺りを見回した。

そのうちの一人が、エルフに気付く。

反射的に顔を逸らした。

エルフと目が合った獣人の子は、カタカタ震えている。

きっと彼女たちにとって、エルフは恐怖の対象になったのだ。

まぁトラウマものの絨毯爆撃だったからなぁ。

さもありなん。


獣人の女の子は意識的にエルフから目を逸らしている。

キョドりながら尋ねてくる。


「あ、あの……! わ、私たち、早く公爵様のお屋敷に帰らないと。だから帰り道を教えて下さい!」


ああ、さっさとこの場を離れたいのかな。

わかるよ。

アホのエルフとか酔っ払いの姫騎士に何されるか分かったもんじゃないもんな。


でも帰るのは難しいと思うぞ。

俺は真実を告げた。


「そんなぁ! ど、どうして……」


いやだって、転移してきてから結構な時間が経ってるだろ?

もう元の場所には戻れないんじゃないかな。

なんかあの転移陣、不安定って話だし。


獣人たちは帰れないと聞いて絶望している。

それには構わず説明を続ける。


えっと、だな。

ここはキミらのやってきた世界からすると、別の世界――つまり異世界になる。

地球という惑星にある、名前のない世界だ。

仮に現世とでも呼ぼうか。


現世にはたくさんの国家があってな、ここはその中のひとつで日本という国だ。

加えていうなら、この地はファンタジーの楽園(予定地)『聖シャリエッタ教国』だ!


「い、異世界?」

「異世界ってなんですかぁ⁉︎」

「そんな名前の国、聞いたことがありません!」


獣人たちは右往左往している。

理解が追いつかないのだろう。

もしくは明日をも知れぬ我が身が心配なのか。


だが、まぁ落ち着いてくれ。

異世界と言っても、ここは日本だ。

治安は良いし飢えて死ぬわけでもないから、帰れなくなってもそう悲嘆することはない。

それにきっとその内、帰れる日もやってくるさ。

だからさ――


こほん。

俺は一度言葉を区切って、咳払いをした。

大事な話をする為だ。


だからさ。

キミらが帰れるようになるまで、しばらくここで暮らさないか?

なぁに、衣食住の心配はしないでいい。


俺は怪しいものじゃない。

冒険者酒場『踊る子兎亭』のマスターで、佐々木風太郎という人間族ヒューマンだ。

キミらのことは一切合切まとめて、俺が面倒をみるから!


獣人たちはキョトンとして、互いに顔を見合わせた。



「ちょ、ちょっとお待ち下さい……!」


獣人たちが集まった。

顔を寄せ、ヒソヒソと相談し始める。


とはいえ彼女たちの取れる選択肢なんて、ひとつだ。

俺の庇護下に入るしかない。

だって行く当てなんてないのだし。


「わ、分かりました。それでは私ども獣人奴隷一同は、この地に逗留している間、フウタロー様を主人としてご奉仕させて頂きます」


ほらな?

結局、獣人たちは俺からの提案を受け入れた。


ぐふふ。

これで獣人たちは、今日から俺の客人だ。

でも、ん?

主人として奉仕とか言ってなかったか?

空耳か?


……まぁいい。

とにかく姫騎士やエルフに引き続いて獣人たちまで招けるとか、ラッキーにもほどがある。


俺は獣人たちをこっそり眺めた。

キョロキョロと忙しなく動く、猫耳、犬耳、兎耳。

ああ、たまらん。

可愛すぎる。

それに尻尾だってふさふさだ。

いいなぁ。

触りたいなぁ、めっちゃモフりたい!


ともかくたっぷりもてなしてやろう。

そしていつかモフらせてもらうのだ。

その為にはどうすべきか。

差し当たり、着るものと食べるものを提供しようか。


俺は、獣人たちを踊る子兎亭へと招いた。



獣人たちや馬たちを連れて踊る子兎亭へと戻ってきた。


ちなみにエルフたちは先に森に帰してある。

だってあいつらが一緒にいると、獣人たちが怯えて仕方ないからだ。

ぶぅぶぅ文句を言っていたが自業自得だと思う。


それより今は獣人だ。

獣人たちは奴隷らしく粗末な服を着ていた。

袖や裾が擦り切れた、形だけはワンピースタイプの服。

染色もされておらず、つぎはぎだらけ。

まるで麻袋に穴を開けたみたいな服である。


せっかくみんな可愛らしいのにこれでは勿体ない。

宝の持ち腐れだ。

だから俺は彼女たちに『給仕服』をひとり一着ずつプレゼントした。


この服は欧州民族衣装ディアンドルを基礎に異世界ファンタジー風の意匠を取り入れた、踊る子兎亭の専用給仕服である。

当然こだわり抜いて仕立ててある。

生地も縫製もかなりの高品質ハイクオリティで、ぶっちゃけると一着あたり10万円とか使った。


スタッフルームで給仕服に着替えた獣人たちが、酒場のホールにやってきた。

頬が微かに朱に染まっている。


「あ、あのぅ、こ、これで良いでしょうか?」


見た瞬間わかった。

最高だ。

ああ、最高だ。

これ以上ないくらい似合っている!


鼻血が吹き出そうなのを堪えた。

憧れのリアルケモ耳給仕さんが、目の前にいる。


「こ、こんな上等な服を着せてもらって良いのでしょうか」

「肌触りとかホントすごいです!」

「で、でも、ちょっと、スカート丈が短いよね。あはは……」


獣人の女の子たちは着慣れぬ服に恥じらい、もじもじしている。

伸ばした袖からちょこんと出した指先でスカートの裾を引っ張ったりして愛らしいことこの上ない。


グッド!

俺は目を細め、親指をたてサムズアップしながら何度も何度も頷いた。



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