第30話 ケモ耳メイド隊、爆誕

踊る子兎亭の座席数は、ホールとバーカウンターと中二階を合わせれば100席。

獣人たちは20人程度だから余裕で座れる。


俺はみんなの給仕服姿を存分に目で楽しんでから、おもむろに着席を促した。

さぁ、座ってくれ。


「わかりました!」

「こちらで待機すればよいのですね?」

「みなさぁん、こっちですよー」

「はぁい」


彼女たちは言われるままに着席してくれた。

素直でよろしい。

じゃあ少し待っててくれ。

ちょうど今は昼どきだ。

これからみんなで、お昼ご飯にするとしよう。


「えっ、まだお昼ですよ? なのにもうご飯ですか⁉︎」

「贅沢です!」

「普通、ご飯は朝と夜の2回なのにー」


なんだ、異世界ではそうだったのか。

でもこっちじゃあ、飯は朝昼晩の3回だ。

もちろんみんなにも1日3食きっちり食べてもらうからな。


獣人たちが色めき立つ。


「そんな夢みたいなことが、本当に?」

「ま、まさかぁ⁉︎」

「あっ、でも一回あたりの量がちょっとしかないとか、カビがびっしり生えた黒パンとか……」


カビ?

ははは、まさか。

心配しなくても腹一杯食わせてやるって。

それにメニューなら期待してくれていい。

みんなが着替えている間に、せっせと準備してたんだ。



俺はひとり厨房に向かった。

厨房のコンロには、大きな圧力鍋がドンと乗せられている。


これは本日の昼食『角兎ホーンラビットのとろとろクリームシチュー』だ。

角兎の香草焼きに続く踊る子兎亭の名物料理として考案したメニューである。

まぁ現状ではやむを得ず、例によって角兎とは名ばかりの普通の兎肉を使っているのだが。


さて。

メインはこいつでオッケーとして、あとはカリカリに焼いたトーストを人数分用意しよう。


「あ、あのぉ、フウタロー様……」


獣人のひとりが厨房にやってきて、恐る恐る覗きこんできた。

兎獣人の女の子である。

ちなみに立ち耳タイプではなく、白い垂れ耳ロップイヤータイプ。

えっと、キミは?


「わ、私はククリです」


可愛らしい名前だ。

華奢で可憐な容姿によく似合っている。


なんでもククリは、フェーリラ公爵家では獣人奴隷たちのまとめ役をしていたらしい。

それで今回も他のみんなに頼まれて、厨房まで俺の様子を見にきたのだとか。


「あの、フウタロー様。今から食事とのことですけど、もしかしてご自分で料理なさるおつもりですか?」


そうだけど?

いつもそうしてるし。

っていうか、料理はもう完成してるんだ。

いまホールに持っていくから、ククリはみんなの所に戻って待っていてくれ。


ククリがワタワタし出した。


「あわわ……そ、そんな! ご主人様にそんな真似をさせるなんて、畏れ多いですよぉ!」


いや別に構わないが。

というかご主人様?

待て待て、俺は別にキミらの主人という訳では――


「――集合ぉ! みなさん、集合して下さぁい!」


ククリはホールに向かって呼び掛ける。

声に応じた獣人たちが、揃ってゾロゾロとやってきた。

ククリは言う。


「みなさん! フウタロー様が、私たちにお恵みくださるお料理を御自おみずから作られました。そればかりでなく配膳までご自身でなさろうと……!」

「な、なんですって⁉︎」

「あわわわわ」

「ご主人様にそんな真似をさせたら、折檻されちゃいますぅ!」


泡を食った獣人たちは一斉に動き出す。

俺の背を押してホールに連れていくと、フロアのど真ん中の席に座らせた。



ククリが慣れない手つきで料理を配膳していく。


俺はホール壁際をチラリと見た。

かしこまった獣人たちが、横一列に並んで平伏している。


俺は白目を剥いた。

なんだ、この状況は……。

傍目には、無垢な女の子たちに土下座をさせて、俺ひとりテーブルでふんぞり返っているようにしか見えない。

めちゃくちゃ居心地が悪いぞ……。


ククリは恐縮している。


「あ、あの、フウタロー様。申し訳ございませんでした。私たち奴隷なのに、こんな上等な服を頂いたばかりか、ご主人様に料理までさせてしまうなんて……」


俺は小さくため息をついた。

ご主人様って、またそれか。


頭を掻いてから、獣人たちを見回した。

この際だから言っておく。

俺はキミらのご主人様じゃないし、みんなも奴隷とかじゃない。

だからそんなに畏まらないでくれ。

第一、そんな風にずっと気を使われていたら、俺が楽しくない。


「で、でも……私たちは、やっぱり奴隷ですから……」


俺は椅子から立った。

壁際まで歩き、平伏している彼女らの上体をひとりひとり起こしていく。


あのな。

前の公爵様ん家じゃどうだったのかは知らんけど、ここは日本――聖シャリエッタ教国だ。

教国には身分差とか、そんな設定ない。

だから奴隷とかないの。

わかるか?

ここではファンタジー好きはみんな平等なんだぜ。


「そんなの困ります……。私たちはそこそこ恵まれてましたけど、それでもやっぱり奴隷でした。だから平等って言われても、よく分からないです……」


うーむ。

獣人たちはなかなか頑固だ。

まぁ慣れ親しんだ生活環境からの意識改善とか、一朝一夕って訳にはいかないだろうしなぁ。


さて、どうしたものか……。

むむむと悩む。

そしてピコンと閃いた。

あ、そうだ。

いいこと思いついた。

この際だから獣人たちには奴隷からジョブチェンジしてもらえば良いんじゃない?


獣人たちはどうにも『奴隷』という立場に縛られているように見受けられる。

ならば話は簡単。

奴隷に変わる新たな立場を与えてやれば良いのだ。

だってほら。

立場が人を作るとかよく言うしな!


続けて考える。

じゃあ奴隷に代わる立場って、具体的に何が良いんだろう。

いきなり社長とかは無理があるよな。

とすると、まずは近い所から……っと、そうだ、『メイド』だ!


俺は思いつきを即座に提案した。

これから獣人のみんなは、奴隷じゃなくてメイドさんね。

獣人たちが戸惑う。


「メ、メイド……ですか?」


そう、メイド。

でも中世のガチメイドじゃないぞ?

ファンタジー風のふわっとしたメイドさんだ!

そういう風に振る舞って。

よろしく。


俺の無茶振りに獣人奴隷、あらためケモ耳メイドたちはたじたじだ。

しかし俺は追撃を緩めない。

早口で喋る。


というわけで、もうみんなメイドな訳だし無闇に平伏するのはやめること!

わかったら一緒に昼飯にしようか。

シチュー食べようぜ。

トーストもある。

ほらほら、俺が丹精込めて仕込んだ『角兎のとろとろクリームシチュー』は美味いんだぞぉ?


ククリが尋ねてくる。


「あのぅ、メイドって主人と一緒にご飯を食べるものなのでしょうか……?」


ファンタジー風メイドって言ったろ?

ふわっとしてて良いんだ。

それにこれは今決めた設定なんだけど、聖シャリエッタ教国じゃあ、雇い主とメイドは信頼の証として同じ食卓を囲むんだぜ?


俺はとってつけた設定を、自信たっぷりに言い切った。

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