第31話 建築の匠、再び。

衣・食とくれば、お次はじゅうである。


ケモ耳メイドたちには、安心して快適に暮らせる住まいを提供したい。

いつまでも酒場ホールで雑魚寝ってわけにもいかんしな。


俺はむむむと頭を捻る。

じゃあどんな住居を提供しようか。

当然ながら、普通の一般住宅なんかを建てるつもりはない。


うん。

ここはやっぱり『冒険者の宿』だな。

ファンタジーで定番の、見た目はちょっと古びた木造のやつ。

それを建てて獣人寮にするのだ。


あ、でも内部設備まで古くするつもりはないぞ?

最新式のエアコンだって入れるし、ふかふかのベッドも用意しよう。

それだけでなく獣人たちが談話できるようなスペースを設けたり、日向ぼっこできるよう配慮したりな。


そうそう。

馬たちにも立派な馬房を作ってやらないと。

これは冒険者の宿――獣人寮に併設しようか。


となればここは、茉莉花まつりかちゃんの出番だ。

俺はナナホシ建築設計事務所に電話をした。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


――数日後。

茉莉花ちゃんがやってきた。

今日は下見だけのつもりなのか、ひとりでの来訪である。


俺はケモ耳メイド隊や馬たちと一緒に、茉莉花ちゃんを出迎えた。

メイドを代表して、ククリが挨拶をする。


「え、えっと……ようこそお越し下さいました、お客様!」


ぎこちなく頭を下げる。

一列に並んだケモ耳メイド隊が、ククリに続いて頭を下げた。

落ち着かないのか、誰も彼もがケモ耳やしっぽを忙しなく動かしている。


これはまだ獣人たちがメイドとしての振る舞いに慣れていないためだ。

だが可愛いので何も問題はない。

立ち居振る舞いなんてものは、これからゆっくり覚えていけば良いのだ。


茉莉花ちゃんの顔が引き攣る。


「――な、な、な、なんですか⁉︎ こちらの方々は⁉︎ 獣人? い、いえ、コスプレですよね⁉︎ それにしては、耳や尻尾の動きがリアル過ぎるような……。って、そ、それよりも――」


茉莉花ちゃんがメイド隊から視線を外す。

顔を向けた先には馬たちがいた。

ユニコーン、ペガサス、バイコーンにスレイプニル。

ファンタジー幻想馬のオンパレードだ。


この馬たちは、馬房の建築をお願いするにあたり、参考にしてもらうべく連れてきた。

でもケルピーだけは敷地の池で泳がせたままだ。

ここには連れてきてない。

だって水棲馬のケルピーに陸地を歩かせるのは酷だからな。

後で茉莉花ちゃんの方から池に出向いてもらおうと思う。


「う、ううう、うまぁ⁉︎」


茉莉花ちゃんが素っ頓狂な声を上げた。

甲高い声が空に響いていく。

かと思うと、茉莉花ちゃんはその場にストンと尻餅をついた。

顔に掛けたメガネがずれている。


地面にぺたんと座った彼女は、アワアワするだけで何もリアクションが取れない。

まぁ無理もなかろう。

この馬たち、間近でみるとマジで迫力抜群だもんなぁ。

特にバイコーンなんか、ヤバいくらいデッカくて鼻息が凄いし。



俺は腰を抜かした茉莉花ちゃんに歩み寄る。

手を差し伸べた。


ほら、大丈夫か?


手を引き、起き上がらせる。


そういえば彼女とは、踊る子兎亭を建ててもらって以来だから、大体1ヶ月くらいぶりだ。

その割には結構久しぶりに感じる。


思えばあれからヴェルレマリーが迷い込んできたり、エルフを迎えて森を作ったり、獣人たちや馬がやって来たりと、色々あったもんなぁ。

そろそろ、春も終わりの頃合いである。


茉莉花ちゃんが、俺に縋り付いてきた。

って、痛い痛い。

左右の二の腕をぎゅっと握られ、爪が肌に食い込む。


「な、ななななな、何なんですかぁ⁉︎ これは一体、何なんですかぁぁぁ⁉︎」


いや、何って言われてもなぁ。

見たまんまだぞ?

茉莉花ちゃんが、ケモ耳メイド隊を指差した。


「ケケケ――」


けけけ?


「ケモ耳メイドさんじゃないですか! すごく可愛いリアルケモ耳メイドさんじゃないですか! それにあっちはユニコーンにペガサスに……ひぃっ、こっちのお馬さんは脚が8本も生えてますよぉ⁉︎」


だからそうだって。

気持ちは分かるけど、ここはちょっと落ち着こう。

目で見たものをありのまま受け止めるんだ。

俺はそうしている。

あ、そうだ。

深呼吸してみたらどうだ?

落ち着いたか?

これからまだ姫騎士やドラゴンやエルフたちを紹介する予定なのに、今からそんな調子だと身体がもたないぞ?


茉莉花ちゃんが短く悲鳴をあげる。


「――ひぅ⁉︎ ド、ドラゴン⁉︎ それにエルフってー⁉︎ あっ……」


ふっと茉莉花ちゃんが意識が途切らせた。

脱力して、後ろ向きに倒れていく。

おわっ⁉︎

大丈夫か、しっかりしろ!

俺は慌てて支えた。

腕の中を見れば、茉莉花ちゃんがぶつぶつ何事かを呟きながら、気を失っていた。




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