第32話 ナナホシ建築設計事務所 聖シャリエッタ教国出張所

意識の戻った茉莉花ちゃんを、エルフの森に案内する。

ほら、こいつらがエルフだぞ。

毎日飽きずに肉ばっか食ってる。

綺麗な見た目と違って結構がさつだし、乱暴者だから、気をつけてな。

あとあのデッカいのが御神木ユグドラシル


「なんですかその紹介の仕方はー!」

「抗議! 抗議します!」

「詫び肉をよこせ」


ここでも茉莉花ちゃんはびっくりだ。


「エ、エルフ⁉︎ 本物のエルフじゃないですか! それにこの森は何ですか⁉︎ 前に来たときはこんな森なかったですよー⁉︎」


お次はヴェルレマリーとフィンにも紹介しないとな。

さくさく引き合わせる。

あっちこっち連れ回されて、茉莉花ちゃんの目はもうぐるぐる状態だ。


「ドドドドドド、ドラゴン⁉︎ ひぃぃ!」

「見慣れぬ娘だな。ほう、茉莉花と申すか。我が名はヴェルレマリー・フォン・マルグレット。マルグレット王国、第一竜騎士団が団長にして、第三王女である」

「あっ、あっ、腰が……腰がまた抜けて……!」

「そなた竜を見るのは初めてか? ふふ、そう驚かずともよい」


脚の力が抜けて立てなくなった茉莉花ちゃんに、ヴェルレマリーが手を貸す。


この姫騎士、今日はまだ酔っ払っていないのか、キリッとしている。

だがその手には剣ではなく酒瓶が握られているあたり、なんともダメな感じだ。

きっと今日もまた飲んだくれるのだろう。



踊る子兎亭に戻ってきた。

茉莉花ちゃんはバーカウンターに突っ伏して、ぐったりしている。

驚きの連続で疲れ果てたのか。

樽型木製ジョッキに水を注いで差し出すと、一息に飲み干していく。


「……んく、んく、ぷはぁー!」


どうだ、少しは落ち着いたか?


「はい、お水ありがとうございます。……ふ、ふふふ……。もうどんなファンタジーが来ても、驚きませんよ?」


そうか?

じゃあペガサスの背中にでも乗って空を飛んでみるか?

命綱なしの空中散歩は楽しいぞぉ。


「ごめんなさい。遠慮します」


素直でよろしい。


「それより風太郎さん! エルフの方々が建てたツリーハウスの構造を調べさせて欲しいです! あとあと、さっきのドラゴンさんに触ってみたい!」


茉莉花ちゃんもこの不思議な現実を受け入れたようだ。

元来のファンタジー好きな性格が、ようやく顔を出してきた。

目が生き生きしている。


でもそれはまた今度な。

それより今は、ケモ耳メイドさんたちの住まいについてだ。


「あ、そうでした。今日はその案件で呼ばれたのでした。私としたことが、仕事も忘れて、すっかり舞い上がってしまって……」


茉莉花ちゃんはペコリと頭を下げた。

いや謝らなくていい。

気持ちは分かるよ。

だってファンタジー好きなら、こんな状況、興奮するしかないもんな。


茉莉花ちゃんが居住まいを正す。

仕切り直すつもりだろう。


「えっと、ケモ耳さんたちの住む寮と、馬房の建築でしたね。寮には談話室とひなたぼっこの出来る日当たりの良い空間を用意する。ここまではお聞きましたけど、他にご要望はありますか?」


そうだなぁ。

その辺りの要望は、実際に住むことになるケモ耳メイドたちに聞いてみようか。

なぁ、みんなはどんな寮に住みたい?


俺の問いかけにククリが応える。


「あ、あの、出来ればその……雨漏りしない、ちゃんとした屋根があると、嬉しいです。あとすきま風の少ない壁があれば文句なしです」


ははは、そりゃあもちろんだ。

屋根や壁があるのは当然。

でも今はそんな最低限の話をしてるんじゃない。

もっと我儘を言っていいんだぞ。

なんかないか?

こう、娯楽室が欲しいとか、一人部屋で広くなきゃヤダとか、なんかあるだろ?


「へ、部屋が頂けるのですか⁉︎ それに一人部屋⁉︎ あわわ、そんな贅沢はできません……!」


んむー。

このケモ耳さんたち、まだまだ奴隷根性が抜けないなぁ。

ここはじっくりと要望を聞き出す必要がありそうだぞ。


そんなことを考えていると、隣からちょいちょいと袖を引かれた。


「風太郎さん、風太郎さん」


俺の袖を引いたのは茉莉花ちゃんだった。

どうした?

尋ねると、茉莉花ちゃんがにこっと笑顔をみせながら言う。


「私にはお部屋は頂けないのですか?」


え?

部屋が欲しいって、茉莉花ちゃんもここに住みたいの?


「はいっ、住みたいです! だってだって、こんなファンタジー、楽しまないともったいないじゃないですか! あ、そうだ。私、良いことを思いつきました」


茉莉花ちゃんは嬉々として提案してくる。

話が思わぬ方向に転がっていく。


「こちらにウチの事務所の出張所を――『ナナホシ建築設計事務所、聖シャリエッタ教国出張所』を作ってもいいでしょうか?」


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