第45話 ゾンビパニック決着

……おっと、いけない。

ニニチに悪いことをした。

つい悪ノリしてワンコのポーズとかお手とか命令してしまった。


でも、ぶっちゃけこれはパワハラだったわ。

自重しなくては……。


ブラック企業で長くこき使われた経験から、俺はハラスメントには敏感である。

そういう行為は好かん。

だからこれから言うことは、命令じゃなくて『お願い』だ。


頼む、ニニチ!

ゾンビに襲われて死んじまったこの街の人を生き返らせてくれ!

お前ならそれが出来るんだろ?

この通りだ!


深々と頭を下げる俺を、ニニチマギアは冷めた目で見遣る。


「……はぁ? たわけたことを抜かすでないわ! 何故に高貴なこの妾が、貴様如き下郎の願いを聞き入れてやらねばならぬのじゃ。身の程を弁え――」


スパン!


ハリセンの音が響いた。

はたいたのはもちろんアリスマギアだ。

ニニチは手で頭を庇い、ビクビクしながら訴える。


「な、何をするのですか、お姉様ぁ……」

「しのごの言わずにマスターの願いを叶えるのです。さっさとやりなさい」

「い、嫌です! だって生命の復元には膨大なエネルギーが必要なこと、アリスお姉様もご存知でしょう? それを街中の死者全員に? 妾、倒れちゃう!」


――スパン!

スパンスパン、スパパパパパ――!


ニニチの頭上にハリセンの雨が降る。


「誰が口ごたえを許しましたか」

「ぁ痛っ! 痛いです! やめ、やめて!」


アリスマギアは懇願をスルーしつつ、高速でハリセンを振り回している。

こいつらめっちゃ体育会系の上下関係だ。

有無を言わせぬ態度で告げる。


「貴女に拒否権はありません。さあ、マスターに従いなさい」

「……う、うううー。分かりました! やりますっ。やりますよぉ……!」


涙目になったニニチが、恨めしそう目で俺を睨んでくる。


「……貴様、風太郎とか言いよったな! 勘違いするでないぞっ。妾は決して貴様に従うのではない! アリスお姉様、たってのご命令だから――」


スパン!

あ、またハリセンで叩かれた。



涙目のニニチは頭をさすりながら、俺たちから離れていく。

かと思うとおもむろに背をはだけ、そこから天使の羽――二対四枚の光翼を出現させた。

翼の後方には、燃え盛る巨大な車輪も同時に現れている。


「ふふん! どうじゃ下郎、恐れ入ったか? これこそ神造兵器智天使ケルビムたる妾の真なる姿!」


もうドヤ顔に戻ってやがる。

切り替えの早いヤツだ。

ニニチの翼はとても神々しかった。

枚数こそアリスマギアには及ばないが、それでも見るものを圧倒する神秘的なオーラを放っている。

燃える車輪もカッコいい。


「これより妾は神事を執り行う!」


ニニチの宣言を受けて、彼女と一緒にやってきた黒服たちがどよめいた。

口々に囁き合う。


邇邇藝命ににぎのみこと様の神事⁉︎ まさかこの目で拝める日が来ようとは……。嗚呼、なんと畏れ多いことか!」


黒服たちは次々と地にひれ伏していく。


俺はその様子をみて感心した。

ほぉん、敬われてるんだなぁ。

なりはあんな女子中学生みたいにちんまいくせに、大したもんだ。


とか思ってたら、黄瀬田総理によく似たおっさんが慌てて駆けてきた。

ズレた眼鏡もそのままに、唾を飛ばしながら言ってくる。


「キ、キミたちは何をボサっと突っ立っているんだ! 邇邇芸命様が神事を行うと仰られている! はやくひれ伏しなさい。ほらっ早く!」


えっと……。

これ俺たちもひれ伏した方がいいのかな?

エルフたちが応える。


「え? 何でですか?」

「私たちエルフは森の民。信奉の対象は御神木ユグドラシルのみです」

「頭を下げさせたいなら、肉を寄越せ」


エルフたちは平常運転だ。

というか信奉の対象とか言う割に、普段からこいつらの御神木の扱いは極めて雑なのって、俺の気のせいか?


ヴェルレマリーが続く。


「私も平伏はせぬ。これでも一国の王女だからな。そう易々と下げる頭は持ち合わせておらん。……だがまぁなんだ。日本酒をくれるというなら、軽く拝礼はいれいする程度は構わないぞ?」


ヴェルレマリーは人差し指と親指で輪っかを作って、くいっくいっとした。


「に、肉に……酒だとぉ……? ふ、不敬者どもめ……!」


黄瀬田総理のそっくりさんは、口をパクパクして呆れている。

わかる。

その気持ち、すげえ良くわかるわぁ。

こいつらの肉や酒に対する執着には、マジ呆れる他ない。


そっくりさんは「忠告はしたぞ。どうなっても知らんからな!」と言い残して、さっさと土下座した。


ニニチが天を仰ぐように両手を広げる。


「顕現せよ! 三種の神器が壱!」


ニニチを中心に巨大な立体型魔法陣が出現した。

それは複雑な紋様を描きながら組み合わさり、T市を包み込むほどに大きく膨れ上がっていく。

その中央に浮かぶのは古びた宝鏡。


「術式展開! ――八咫鏡やたのかがみ――」


鏡が眩しく輝いた。

光が降り注ぐ。

散乱している遺体や肉片が、さながら動画の逆再生のように元あった形に戻っていく。

地面に染み込んだ赤い血が、千切れた内臓や脳みそが、元の持ち主のもとへと帰ろうと宙を飛び交う。


お、おおおお……。

すげえっ、これが死者蘇生の術か。

絵面がやばい。

めちゃくちゃグロいな!


ニニチが訂正してくる。


「蘇生ではない。これは神器八咫鏡による『復元』じゃ。死んだ者どもを死ぬ前の形まで巻き戻ロールバックした。故に復元された者には自分が死んだ際の記憶もすべてない。これでよかろう?」


ああ、もちろんだ!

むしろそっちの方がいい。

だって自分が死んだときのトラウマなんて覚えていても仕方がないしな!

気遣ってくれて、ありがとう。


「……ふんっ。貴様に礼を言われたところで、ひとつも嬉しゅうないわ」


ニニチがそっぽを向く。

力を使い過ぎたせいか、足がふらふらだ。


こうしてS県T市を襲った大規模なゾンビパニックは、一応の決着をみたのであった。

今後に様々な影響を残しながら――


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