第44話 天使は上司に絶対服従です。

「……ニニチ? ああ、貴女でしたか。お久しぶりですね」


アリスマギアは抱きついてきた少女――ニニチマギアの顔を手で押して、無理矢理引っぺがす。

ニニチは頬っぺたがムギュッと潰されているが、それでも離れようとしない。

随分ななつきようである。


アリスマギアが俺に話し掛けてくる。


「この者がちょうど先程お伝えしようとしておりました死者蘇生を行使できるタイプの神造兵器。情報処理型の智天使型タイプ・ケルプになります」


えっ、マジで⁉︎

なあ、あんた。

いまコイツの言ったことは本当か⁉︎


問い掛けると、ニニチは露骨にうざったそうな顔をした。


「なんじゃ貴様は? どこの馬の骨とも知れぬ下郎が、アリスお姉様と妾との数千年ぶりの再会に水を差すでないわ! しかもお姉様を『コイツ』呼ばわりじゃとぉ? 良い度胸ではないか。命が惜しくないと見え――」


スパン!


良い音がした。

いつの間にか具現化していたハリセンで、アリスマギアがニニチの頭をはたいたのだ。

ニニチが目を丸くする。


「――お、お姉様⁉︎ 何をなさるのです!」

「その口の利き方はなんですか。マスターに謝りなさい」


スパンとハリセンをもう一発。

さらにもう一発。

容赦なく叩き続ける。

ニニチは抱きついていた両腕を解き、代わりに頭を抱え込んで防御姿勢だ。

ちょっと涙目になっている。


「やめっ! ちょ、お姉様、痛い痛い。痛いですっ。や、やめて下さいー!」

「やめて欲しくば、さっさとこの御方に謝りなさい」

「こ、この下郎にですか⁉︎」

「またその様に無礼な口の利き方を。この方は下郎ではありません。私のマスターです」

「――はぁ⁉︎」


ニニチがくわっと目を見開いた。


「マスター⁉︎ お姉様、いまマスターと仰いましたか⁉︎」


アリスマギアがこくりと頷く。

するとニニチはぐりんとこっちに首を回し、もの凄い目力めぢからでガン見してくる。


「そこな冴えない下郎! いまアリスお姉様が仰られたことは、本当かえ⁉︎」


冴えない下郎で悪かったな。

でも、まぁ本当だ。

なんか流れでそうなったみたい。


「……あわ……あわわわわわわ……。こ、こんな凡庸な庶民が、アリスお姉様のマスターじゃとぉ。となると、それはつまり……ぎぇぇぇ!」


ニニチが白目を剥いた。

全身を痙攣させてぶくぶくと口から泡を吹いたかと思うと、そのまま気絶した。



え、えっと、こいつ大丈夫か?

なんか立ったまま気絶しちゃったんだけど……。


「問題ありません。きっとニニチマギアはマスターの素晴らしいお人柄に触れて、感動のあまり一時的に機能停止状態に陥ったものと推測されます」


いや絶対違うと思うぞ。

というかさ。

こいつめちゃくちゃ驚いてたけど『マスター』って結局なんなんだ?


「それはですね――」


アリスマギアの説明を聞く。

事の発端は、遥か昔、ファンタジー異世界で、神と悪魔と悪竜が三つ巴の争いを繰り広げていた頃にまで遡る。


その頃、神はとある問題に頭を悩ませていた。

それは天使型兵器の盗難問題である。


天使は基本バカだ。

これは神が天使を素直かつ純朴であれと造ったせいなのだが、そんな天使たちはよく悪魔や悪竜に騙された。


天使はバカだが、悪魔たちは賢く小狡い。

口も上手いものだから舌先三寸でコロッと天使を騙くらかしては口車にのせる。

あれよあれよと堕天させる。

そして堕天した天使は堕天使となって神に反旗を翻すのだ。

盗難完了である。

神陣営的には、こんなことをされてはたまったものではない。


そこで神は一計を案じた。

天使たちにマスター登録機能を組み込んで、マスターに絶対服従させよう。

これなら堕天させられても命令を下せるから問題ない。

神はせっせと天使の改造に励んだ。


神は下位の天使のマスターには、ひとつ上位の天使を設定することにした。

その上位の天使のマスターには、更にひとつ上位の天使が登録された。


つまり天使エンジェルズのマスターは大天使アークエンジェルズ

大天使アークエンジェルズのマスターは権天使プリンシパリティーズと、そんな具合だ。

これは神がすべての天使を自分一人で管理することを面倒くさがった為である。


こうして下位から順々にマスター登録がされていって、最後に熾天使セラフィムのマスターには神が登録される。

そして神は全ての命令系統の頂点に立つ。


それは絶対なる上下関係に支配された、体育会系社会の出来上がりを意味していた。



待て待て待て。

ちょっと待て。

アリスマギアからの説明を聞き終えた俺は、たまらず突っ込んだ。


え?

何だ、そのシステム。

たしかアリスマギアの位階は、最上位の熾天使セラフィムだって言ってたよな。

じゃあ何か?

そのマスターに登録された俺は、今現在すべての天使の指揮系統を一手に担ってるってこと?

ははは、まさかな……。


「はい、その通りです。マスター」


――ぶほっ。

たまらず吹き出す。

なんか呆気なく肯定されてしまった。


あわわわ……。

俺は気絶しているニニチマギアの隣に並んで、一緒に白目を剥く。

コイツが気絶した理由が分かった。

マジかぁ。

なんか知らん間にえらい事になってた。


とか思っていたら、ニニチが復活した。


「――はっ⁉︎ 妾は一体……。ああそうじゃ。路傍の石ころが神の後釜に就くとかいうとんでもない悪夢を見て、意識を失ってしもうたんじゃった……」


俺と目が合う。

ニニチはパチパチと数回まぶたをしばたたかせてから、その場でビクッと飛び跳ねた。


「――はぅわぁ! ゆ、夢じゃなかった!」


たたらを踏んで何歩か後ずさったかと思うとその場に踏み止まり、キッと睨みつけてくる。


「おのれ、貴様! なにがマスターか! 妾は絶対に貴様のような下郎の言うことなど聞かぬからな! 覚えておけ! いまや神なき現世うつしよにあって妾に命令を下せるのは、アリスお姉様ただお一方! それを重々承知したら」

「――わんこのポーズ!」


命令してみた。

だってニニチがあんまりにもやかましくさえずるものだから、なんとなく気が向いたのだ。

すると、


「……わんっ! はっ、はっ、はっ……」


ニニチは両手を握って肉球ポーズを取り、犬の物真似をしてみせた。

可愛らしい。


「――ハッ⁉︎ き、貴様ぁ! 妾に犬の真似をさせるなどとは不届ものめが! 百ぺん殺しても飽きたり」

「お手」

「わんっ! はっ、はっ、はっ、――ハッ⁉︎」


あれ、なんか面白いぞ。

癖になりそうなこの感じ。


「ききききき、貴様ぁぁぁー! 許さん! 絶対に許さんのじゃああああ!」


顔を真っ赤にして怒りに震えるニニチの叫びが、辺りに木霊こだました。


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