第24話 バイトの応募がありません。

……誰もアルバイトに応募してこない。


いや、募集はしているんだ。


手元に置いた求人情報誌タウンワークをペラペラとめくる。

踊る子兎亭の求人情報が掲載されたページで手を止めた。

そこにはこう書かれている。


:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:

冒険者酒場『踊る子兎亭』で一緒に働きませんか?

時給1800円から。

シフト制、交通費全額支給。

制服貸与。

賄いあり。

勤務中の飲酒自由。

ファンタジーが大好きな貴方の応募をお待ちしています。

:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:*:


うん、大丈夫。

労働条件はホワイトなはずだ。

問題はない。

辺鄙な郊外バイトの割に時給は高いし、なにより勤務中から酒が飲めるなんて破格だと思う。


なのに応募がない。

これは一体どういうことか。


俺はひとり、踊る子兎亭店内の木製ラウンドテーブルに腰を落ち着けながら、うんうんと唸る。

そこにヴェルレマリーが通り掛かった。

聞けば厨房まで酒を取りに来たのだという。

まだ昼前だというのに、飲兵衛め。


あ、そうだ。

こいつに聞いてみよう。

まぁヴェルレマリーは日本にやってきてまだ間もないファンタジー女騎士だから、有意義な意見が得られるとはあまり思わないが、藁にも縋るってやつだ。


なぁ。

バイトが全然集まらないんだ。

何でだと思う?


「ふむ。バイト……というと給仕募集の件か? そんなのは火を見るより明らかだ。立地が悪い。この酒場は、人が多く集まる街より遠く離れた場所にある。これでは給仕も、客も、集めるのは容易ではあるまい」


的確な回答だった。

俺は目から鱗が落ちる思いだ。


厨房を物色し終えたヴェルレマリーは、日本酒の一升瓶を胸に抱えている。

舌舐めずりをした後、嬉々とした足取りで去っていった。


その背を目で追いながら、俺は思う。


やるじゃないか、ヴェルレマリー。

戦闘だけが取り柄の筋肉ゴリラかと思っていたが、いやはや、どうして。

頭も回るとはな。


実に有意義な話が聞けた。

だから、お前がいま断りもせずに持ち去った日本酒『獺祭磨き二割三分』は、その礼代わりだ。

俺のとっときの1本だった訳だが、とやかく言わないでおいてやろう。



バイトが集まらない理由はわかった。

ここは街から遠過ぎたのだ。


最寄りの街から車で片道30分。

かなりの距離だ。

自宅からとなるともっと長くなるだろう。

なにせこの界隈には近隣住民などいないからな。


それにだ。

飲酒自由の条件も、プラスに働いていない。

だって酒を飲んだなら、運転して帰るわけにはいかないからだ。


飲酒運転ダメ。

絶対。


これについては、たとえ店主たる俺が許したとて、日本の法律が許さない。

聖シャリエッタ教国の法は日本準拠なのである。


俺は改めて頭を捻る。


じゃあどうする?

スタッフ専用の宿泊施設でも建ててみるか?


いやダメだ。

それだと根本的な解決になっていない。

もし仮に住み込みOKなアルバイトスタッフが集まったとしても、客が集まらないままだ。


酒場は客あってこそ。

俺は踊る子兎亭を、絵に描いた餅にする気はないのである。


それならどうするか……。


あ、そうだ。

俺はピコンと閃いた。


巡回バスだ。

巡回マイクロバスを出すのはどうだろう。

あのスーパー銭湯とか温泉地なんかの送迎で、よく見かけるやつ。


ああいう送迎用バスを何台か用意して、最寄り街の駅と踊る子兎亭を結べば良いのだ。


いいぞ、いいぞ。

これは良い思い付きかもしれん。

だってこの方法なら、客もスタッフもまとめて送迎できるし、飲酒運転対策もばっちりだ。


だが俺は同時に思い至る。


……マイクロバス……か。


うーむ。

なんかアレだな。

ファンタジー感が全然ないな。


ここ聖シャリエッタ教国は、現代日本に俺が生み出そうとしているファンタジーの聖地だ。


そんな不思議に満ちた場所に、送迎用とはいえマイクロバスが乗り入れるのは如何なものか。

いかにも風情がない。


ならここは、やっぱり――


馬車だな。


ファンタジー世界の移動手段といえば、やはり馬車だろう。


俺は妄想をほとばしらせる。

ほろ馬車に乗って、整備も舗装もされていない獣道まがいの街道を往く冒険者たち。


荷台はガタゴト揺れる。

御者は退屈そうにあくびをしている。


馬車にはもちろんショックアブソーバー機構を備えたサスペンションなんてついてない。

だから座っているだけなのにお尻が痛くなってさ。

もしそれが乗り合い馬車なら、吟遊詩人なんかも同乗してきて、旅の道中を英雄譚で彩ってくれるんだ。


くぅ……!

たまらん。


うん、やっぱ馬車だよ、馬車!


でも、そういえば馬車って日本の公道を走れるのかな?

ちょっと調べてみよう。



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