第38話 不穏な気配
「……大変、申し訳ございませんでした」
アリスマギアが土下座をしている。
手足を縮めながら額を地面に擦り付けて、六枚の翼も
「か、完全に私の早とちりでした。この通りです。平にご容赦ください」
アリスマギアは俺に言われて、改めて確認をした。
そしたらさっきまで襲撃していた相手――ヴェルレマリーは悪魔などではなく人間。
フィンも善良なドラゴンだと分かったらしい。
アリスマギアは焦った。
即座に戦闘を中断し、流れるような所作で地にひれ伏す。
それはあまりにも堂に入った土下座っぷりだった。
慣れ過ぎている。
きっとこれまでにも散々やらかして来たのだろう。
そのことが窺える小慣れた土下座だ。
ったく、こいつの早とちりには要注意だな。
「……まさか勘違いで殺されるところだったとは、困った新顔だな。しかしまぁ、この私をあれほどまでに追い詰めるなんて、賞賛すべき戦闘力ではあるが……」
ヴェルレマリーが小さくため息を吐く。
「もう良い。謝罪はしかと受け取った。だからアリスマギアよ、顔を上げろ」
これにて二人は仲直りだ。
けれどもまだ一件落着とはいかない。
この際だから、ちゃんと注意しておかなければならない懸念事項が、二つある。
ひとつめ。
それはヴェルレマリーへの厳重注意だ。
おい、お前。
また勝手に俺の酒蔵から秘蔵の酒を持ち出したな?
これでもう何回目だ。
罰として、お前は今日から3日間、酒抜きな。
「そ、そんな殺生な! この私に3日も断酒をしろと⁉︎ そんなに我慢をしたら指先が酒を求めて震えてしまう!」
アル中かよ……。
だが罰は罰だ。
甘んじて受けてもらおう。
その後は……そうだな。
お前にも専用の酒蔵を設けてやるから、もう人の酒を勝手に持ち出すのはやめること。
いいな?
ヴェルレマリーは渋々頷く。
するとエルフたちが話に割り込んできた。
「うぷぷ、怒られてやんのー」
「アリスマギアさんも、ヴェルレマリーさんも、てんでダメダメですねぇ」
「私たちエルフを見習うべき」
なんでお前らが偉そうにすんだよ。
訳がわからん。
エルフたちは並んで胸を張り、満面のドヤ顔だ。
こいつらにそんな顔をする資格があるだろうか?
いやない。
絶対にない。
エルフたちには言いたいことが山ほどあった。
というかお前ら、なぜに初対面の相手にいきなり弓矢をぶっ放すの?
今回だけじゃない。
獣人たちがきた時もそうだっただろ。
そんなことすんな。
「えっ? でもただの先制攻撃ですよ?」
「殺られる前に殺るのは基本」
「そうですよぉ。獲物は素早く仕留める! じゃないとお肉にありつけません」
ええい、うるさい!
それはファンタジー異世界での狩りとかの話だろ!
日本では先制攻撃は禁止なの。
そもそも敵意がない相手を攻撃すんな!
わかったな?
これが厳重注意、ふたつめだ。
「ぶぅー! 横暴です!」
「なんの権利があって、そんなこと言うんですかー!」
エルフたちは揃って不満の声をあげる。
しかし俺が「肉の差し入れをやめるぞ」と脅すと、全員一斉にピタリと口を閉じた。
これにてようやく一件落着だ。
◆
アリスマギアは俺にべったり引っ付いて離れない。
異世界には戻らず、この地に留まるらしい。
俺は構わない。
というかファンタジー系の住人が増えるのは大歓迎だ!
だからその日、俺は彼女の歓迎パーティーを開くことにした。
そういえばケモ耳メイドたちや茉莉花ちゃんの歓迎会もまだだ。
この際だから、一緒に催してしまおう。
会場はもちろん踊る子兎亭。
聖シャリエッタ教国で暮らすメンバー、総勢三十名での立食パーティーだ。
俺は金に糸目をつけず、酒と食材をガンガン提供した。
ケモ耳メイドさんたちは俺に料理を教わりながら、給仕も担当してくれている。
ありがたい。
でも交代で、ちゃんとパーティーも楽しんでくれよな。
エルフは肉ばっか食ってた。
和牛がお気に入りだ。
基本焼いて食うだけのワイルドなスタイル。
こいつらに和牛すき焼きとか食わせたらどんな反応するんだろうな。
今度試してみよう。
酒を禁止されたばかりのヴェルレマリーは、しょぼくれていた。
背中を丸めて、酒場の隅で項垂れている。
ええい、辛気臭い!
そんな辛そうな顔をされたら、さすがに敵わんわ。
わかった。
禁酒は明日からで良い。
ヴェルレマリーは途端に元気になって、ごくごくと酒を煽り始めた。
茉莉花ちゃんはアリスマギアに興味津々だ。
薄ぼんやりと光を纏った六枚の翼を弄くり回しながら
「はぇぇ。すごいですねぇ、今度は天使さんですかぁ。どんどん住人が増えていきますねぇ。あ、天使の輪っかとかはないんですか?」
とか話している。
対するアリスマギアは無表情。
口数は少なく、茉莉花ちゃんに応える口調にもなんか威厳がある。
けどこいつの澄まし顔とか、ただのカッコつけだ。
もうバレてるからな。
歓迎会は夜遅くまで、盛大に盛り上がった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――早朝。
昨夜のドンチャン騒ぎから一変して、聖シャリエッタ教国はどこも朝の静けさに包まれていた。
空気がひんやりしている。
ヴェルレマリーや獣人たちは酔って酒場で寝ている。
茉莉花ちゃんはスタッフルーム。
風太郎も自室でイビキを掻いている。
アリスマギアは光学迷彩モードで姿を消して、風太郎の部屋の隅っこで(自称)待機モードだ。
そんな誰もが寝静まったなか、異変が起きた。
ツリーハウスに戻って休んでいたエルフたちだけが、その異変を感知した。
プレナリェルが言う。
「みなさん、起きて下さい。転移陣の祠から不穏な気配を感じます」
「ええ、気付いているわ」
「きっとまた新しい来訪者ですね」
「様子を見に行く?」
「そうしましょうか」
エルフたちは武装して、転移陣の祠に向かう。
そしてよからぬ者に出会った。
それは転移陣から溢れ出した、不浄の亡者どもだ。
きっと転移陣が地獄や死者の国にでも繋がってしまったのだろう。
ぞろぞろと亡者が溢れ出してくる。
プレナリェルが誰何する。
「あなたたち、何者ですか! 名を名乗りなさい。さもないと――」
エルフたちは揃って弓を構えた。
いつものように先制攻撃だ。
一斉に矢を射かけようとして、けれどもはたと思い出した。
そういえば――
「中止! 攻撃中止です!」
「あっ、そうだったわ。たしか先制攻撃は禁止なのよね?」
「お肉が貰えなくなります」
「それはダメ。絶対ダメ」
エルフたちは弓を降ろした。
まずは亡者たちに敵意があるのかと確認するも、知性の抜け落ちた相手。
返事はない。
こうなるともうエルフたちにはもう成す術がない。
だって敵意のない相手は攻撃するなと、風太郎からきつく注意されている。
「んー、どうしましょう?」
「どうしようもないわねぇ」
この間も亡者たちは次々に溢れ出し、あーとかうーとか呻きながら歩み去っていく。
亡者の向かう先は最寄りの街――
街には数万人という大勢の住人が発する生気がある。
亡者はそれに引き寄せられていく。
エルフたちはただ、その背中を見送った。
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