第39話 ゾンビパニック

あー、頭が痛い……。

こめかみの辺りがガンガンして、酷く胸焼けがする。


昨晩盛大に催した歓迎会はとても楽しかったが、ちょっとはしゃぎ過ぎた。

そのせいで飲み過ぎて、寝起きはしっかり二日酔いである。


えっと、いま何時だ。

俺はベッドからのろのろと起き出して、時計を見る。

うわっ、もうこんな時間かよ。


時刻は夕方を過ぎていた。

窓の外はすでに薄暗い。

どうやら今日は一日中寝こけていたようで、頭がぼやっと重たくなっている。

つか、さすがにそろそろ起きなきゃなぁ。


そんなことを考えながら、俺は再びベッドに寝転がった。

怠惰が心地良い。

そうして尚もゴロゴロしていると、いきなり自室のドアが開かれた。


「――たたたた、大変です! 風太郎さん、起きて下さい! 大変なことになってますー!」


やってきたのは茉莉花ちゃんだった。

俺の部屋まで来るとは珍しい。

ちなみに俺の自室は、踊る子兎亭のバックヤードに用意されている。

ここを設計したのは茉莉花ちゃんだから、当然そのことは把握されてある。


よぉ、茉莉花ちゃん。

おはよう。

いや、時刻も時刻だしこりゃ『おそよう』だな、ははは。

ノックも無しにどうした。


「風太郎さん、笑ってる場合じゃないですよぉ! すぐにテレビをつけて下さい。どのチャンネルでも良いので、今すぐにです!」


はて?

随分と慌てているようだが……。

疑問に思いながらも、促されるままリモコンに手を伸ばす。

電源ボタンをピッと押してテレビを点けた。

すると――



緊急報道が映し出される。


『こちら、S県T市から中継でお伝えしております! 本日未明、正体不明の武装集団がどこからか現れ、無差別に住民を襲い始めました! 死傷者が多数出ており、被害は今も拡大しています!』


えっ?

何これ?


『近隣住民の方は、ただちに安全な場所に避難して下さい。もし怪しい人物を見かけましても、様子見などはせず、すぐ逃げて下さい。命を守る行動を心掛けて下さい』


俺は液晶モニターに映し出された映像に食い入る。

そこに映されているのは市街地だ。

さっきアナウンスでS県T市って言ってたし、これもしかしてウチの最寄りの街じゃないの?


しかし様子がおかしい。

俄かには信じがたいが、映像によると街のあちこちから火の手が上がっている。

それだけではない。

通りは歩道も車道も横転して大破した車なんかで、しっちゃかめっちゃか。

加えて奇妙な様子の人間たちが、至る所を徘徊している。


なんだ、これ?

尋常ではない。

だって首とか完全に折れてたり、腹から内臓が飛び出してるのに動いているヤツがいる。

かなりグロい。


『現地は非常に混乱しています! 先ほどからS県警の機動隊が対応に当たっておりますが、事態の収拾には至っておりません。また関係筋からの情報によりますと、自衛隊への派遣要請も出されているとのことで――』


俺は一気に目が覚めた。

茉莉花ちゃんに問う。

どうなってんの⁉︎


「ゾゾゾ、ゾンビです! ゾンビの群れが街を襲ってるんですよぉ!」


ふぁ⁉︎

パニック映画じゃあるまいし、ゾンビとかそんなファンタジーなもんがどこから湧いてきて――


そこまで叫んでから、俺はピンときた。

もしかして、……祠か⁉︎

こいつらまさか、うちにある転移陣の祠から湧いてきたのか!


「そうなんです! エルフの皆さんが目撃していました。なんでも早朝に転移陣から亡者が湧いてきて、街に向かって歩いて行ったって……」


う、うそやろ……。

焦りのあまり、エセ関西弁になる。

というか、エルフたちはゾンビが湧いてきた瞬間を目撃したってことか?

ならなんで素通りさせてんだ⁉︎


「そんなこと私に聞かれても、分かりませんよぉ……! 直接エルフさんたちに聞いてください!」


たしかにそうだ。

俺はベッドから跳ね起きた。

すると丁度そのタイミングで、テレビから悲鳴が聞こえてくる。


『ひぃぃい! 来るなっ、こっちに来るんじゃない! あっち行けってば――ぎゃああああああ!』


見ればモニターの向こうで中継のアナウンサーさんがゾンビに襲われていた。

首筋に噛みつかれて鮮血が吹き出している。

それを目にした撮影班が、泡を食って逃げ出した。


『うわぁ! こっち来たぞ!』

『逃げろっ! 逃げろー!』

『命が惜しけりゃ機材なんか放っておけ!』

『走れ!』

『あっ、待って! みんな待って! 置いてかないで! 助け――』


取り残されたアナウンサーに、ゾンビの集団が群がっていく。

捨て置かれた報道機材が、その様子を克明に映している。


『嫌だ! 死にたくないっ、死にたく――』


ジタバタしていたアナウンサーは、あっという間に動かなくなった。

殺されたのだ。

けれどもすぐに変化が起きた。

たった今死んだはずのアナウンサーが、再び動き始め、立ち上がったのである。


『……ぁ、あー、……かゅ……ぅま……』


アナウンサーの首は半分千切れていた。

そのせいで頭がぐらぐらしている。

ゾンビの仲間にされた元アナウンサーが、脚を引き摺りながら歩き出す。

やがて画面からフェードアウトして見えなくなった。


俺は一連の映像を眺めて、ごくりと喉を鳴らす。

やばい、やばい、やばい、やばい!

マジでやばい!

これ、一刻の猶予もないやつだ――



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念のため。

この作品は基本コメディなので、最終的にはあんまり酷いことにはなりません。

いい感じにハッピーに落ち着きます。

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