第37話 天使 vs 姫騎士

待て待て!

そんな「共に悪を滅しましょう!」とか元気いっぱい言われても困る。

だって、ここは日本だ。

悪魔も悪竜もいない。


「……えっ、いないのですか? ははは、まさか。だって神の敵ですよ? あれだけウジャウジャいたのに?」


うん、いない。

まぁ悪い犯罪者ならたまにいるけど、そういうのを取り締まるのは警察の役目だ。


「で、では私は、何と戦えば……?」


そんなことは知らん。

あ、そうだ。

なんならファンタジー異世界に戻るか?

すぐに転移陣を潜れば、今ならまだ元の場所に帰れるかもしれんぞ。

あっちには悪魔とか悪竜とかいるんだろ?

思う存分戦ってこいよ。


エルフたちが話に割り込んでくる。


「そんなの、もう向こうの世界にもいませんよー」

「ん、とっくに滅んだ」

「だって終末戦争とか神話の時代ですし、遥か太古の大昔ですし」


アリスマギアの顔が青ざめていく。


「どどど、どうしましょう……。わ、私は善なる神により造られた熾天使型決戦兵器……、戦うために生み出された存在。なのに戦う相手がいないだなんて――」


額からダラダラと冷や汗を流し始めた。

って、こいつ。

第一印象は機械みたいで無表情なやつだと思ったけど、なんか割と人間臭いな。

口調も砕けてるし。

最初の澄まし顔は、単にカッコつけてただけか。


とか思っていると、空にドラゴンが現れた。

白竜のフィンブルリンドだ。

背負った鞍にヴェルレマリーを乗せて、バサバサと上空を横切っていく。


って、あいつ!

俺は姫騎士の手元を見た。

一升瓶を抱えている。

おのれ、また俺の酒を勝手に持ち出しやがったな!


しかもあれは、隠しておいた秘蔵の日本酒『十四代』の一升瓶じゃねえか。

めっちゃ高いんだぞ!


「ふんふんふーん♪ さぁて、今日はどこで日本酒を楽しもうか。ああ、わかってる。フィンにも少し分けてやろうな」


ヴェルレマリーは酒を手にして鼻歌混じり。

実に上機嫌だ。

その姿にアリスマギアが気付いた。


「――あっ⁉︎ あそこ! いました、マスター! ドラゴンです! 良かったぁ、いるじゃないですか、ドラゴン。背に乗っているのは、さては悪魔ですね!」


六枚の翼を羽ばたかせる。

かと思うとアリスマギアは止める暇もなく、フィンに襲い掛かった。

飛び蹴りだ。


「悪竜滅すべし! ――死ねぇ!」

「うわっ⁉︎ なんだ⁉︎」


ヴェルレマリーは突然のことに驚きながらも、巧みな操竜でアリスマギアの飛び蹴りを躱わした。

間一髪。


「――ちぃ、悪魔め! 今のタイミングで蹴れないとは手練れか!」

「ちょ、ちょっと待て! いきなり何だ? というかお前は誰だ!」

「私はアリスマギア! 悪しき存在に名乗る名など持ち合わせていません!」

「って、名乗っているではないか!」


ヴェルレマリーがたまらず突っ込む。

アリスマギアはチッと舌打ちをして、空中に留まりながらペッと唾を吐いてみせる。

かなり態度が悪い。

これが天使の振る舞いか?

ヤンキーみたいだ。

アリスマギアは襲撃を再開する。


「――問答無用! 次こそ死ねぇ!」

「ええい、訳がわからん! だが戦いが望みと言うならいいだろう! 相手になってやる。掛かってこい!」


天使と姫騎士のバトルが勃発した。



「――審判の時、来たれり! 神の御名のもとに顕現せよ『天獄の扉ヘブンズドア』!」


アリスマギアが三対六枚の光翼を限界まで広げた。

その背後に、巨大な門が現出する。


「罪なき者は仰ぎ見よ! 罪ある者は伏して祈りなさい! 私は神なる裁きの代行者! 世に蔓延りし悪を滅せし浄化の炎!」


高らかに謳いあげる。

すると呼応するみたいに、天獄の扉がギギギと開いていく。


「――術式展開! 悪を滅せ、天使大軍団――」


完全に開かれた扉から、無数の光体が飛び出してきた。

見れば一体一体が天使のシルエットをしている。

それが束になってヴェルレマリーに襲い掛かる。


「んなっ⁉︎」


これにはさしものヴェルレマリーも焦ったようだ。

慌てて剣を構えようとして、自らが帯剣していないことを思い出す。


「しまった! 装備がない!」


きっとそこらの景色の良い場所で、フィンと一緒に酒盛りを楽しむだけのつもりだったのだろう。

だから武装していないのだ。


「ま、不味いぞ……うぬぬ、かくなる上は……!」


何をトチ狂ったのか。

ヴェルレマリーは酒瓶を振りかぶった。

酒がパンパンに詰まった一升瓶。

それを軽々振り上げられる辺り、さすがの怪力姫ではある。


「さあ、こい!」


天使の形をした光体が、一斉に群がる。

しかしヴェルレマリーは一升瓶を振り回して天使のドタマをかち割って回る。


俺はたまらず叫んだ。

待て!

それ俺の十四代だぞ!

武器じゃないから振り回すな!


「――ふんぬっ! とぅりゃあ! ふふん、良いではないか聖剣十四代! さあ頭を叩き割られたい者から順に前へ出ろ!」


悪い夢でも見ている気分である。

絵面がシュール過ぎて、もう乾いた笑いすら出てこない。

ヴェルレマリーの攻撃は続く。


「逃さんぞ、こいつを喰らえ! 竜の咆哮ドラゴンハウリング!」


フィンが大きく口を開いて「ぐおお!」と吠えた。

咆哮は激しい衝撃波となって、天使の光体を片っ端から蹴散らしていく。

凄い威力だ。


でもフィンは、なんかもの凄く嫌そうな顔をしていた。

きっと疲れてるんだろう。

わかる……。

わかるぞ、その気持ち!


「……ちぃ、小癪な悪魔め! さっさと滅せばいいのに。ではこれならどうですか! 術式展開――」


アリスマギアが天高く腕を伸ばした。

なんだ?

上空に雷雲が集まっていく。

アリスマギアは手のひらを広げ、ヴェルレマリーに向けて勢いよく振り下ろす。


「今度こそ滅しなさい! 『大いなる審判の雷光ディエス・イレ!』」


天から極太の稲妻が落ちた。

落雷がヴェルレマリーとフィンの頭上に降り注ぐ。

直撃だ。

ドガガァンと轟音が鳴り響く。


「――ぐ、ぐああああぁぁぁぁ――!」


ヴェルレマリーが叫んだ。

その瞬間、ぱりぃんと音を立てて一升瓶が砕け散った。

俺も叫ぶ。

ぐああっ。

俺の十四代が……。



ようやく落雷が消え去った。

ヴェルレマリーの身体からは、プスプスと煙が立ち上っている。

けれどもヴェルレマリーは健在だ。

にわかには信じがたい。

アレだけ凄まじい稲妻の直撃を受けたというのに、気絶もしていない。

まだまだ臨戦体制だ。

フィンブルリンドも同じく健在である。


しかしさすがに無傷ではない。

ヴェルレマリーにも相応のダメージはあったらしい。

端正な眉を苦悶の形に歪めている。


「……う、うぐぐ……なんてやつだ。アリスマギアといったか。この様な強敵には、ついぞ出会った事がないぞ……」


数多の天啓ギフトを生まれ持ったヴェルレマリーは、本人曰くファンタジー異世界では無敵の存在だったという。

それが窮地に追い込まれている。

げに恐ろしきは熾天使型決戦兵器か。


「これは私も本気を出さねば――竜装形態ドラゴニアフォームにならねば殺られる……。しかし竜鎧りゅうがいケプラーも、竜剣エーイーリーもスタッフルームに置いたままだ。これでは竜人化できない。どうすれば……」


――ぶっ⁉︎

俺はヴェルレマリーの独白に思わず吹いた。

えっ、何それ?

なんかめっちゃ恥ずかしい感じの厨二ワードがオンパレードだったぞ?

竜装形態ってなんだよ。

まだそんな設定隠してやがったのか!

くぅぅ。

ちょっとゆっくり聞いてみたい。


そんなことを考えていると、プレナリェルが服の袖をチョイチョイしてきた。


「……フウタローさん、フウタローさん」


なんだ?


「あのぅ、止めなくて良いんですか?」


――あっ。

すっかり忘れていた!

そうだ。

そうだよ、何をぼぅっと観戦してたんだ。

はやく止めなきゃ。

俺は慌てて叫ぶ。


ストップ、ストップだ!

お前ら今すぐ戦いを中断しろー!

というか特にアリスマギアは何でいきなり襲い掛かってんだよ、落ち着けー!


「しかしマスター。お言葉ですが、悪は滅せねばなりません。さぁ共に戦いましょう!」


だからそれが違うって言ってんだ!

ヴェルレマリーもフィンも悪魔や悪竜なんかじゃない。

お前の勘違いだ!


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