第11話 ファンタジー樹海と角兎

気付けば俺は、奇妙な形の樹々に囲まれていた。

木の根が地面から板状に張り出している。


雰囲気的には屋久島なんかで見られそうな樹。

そこかしこに生えている。

どれも大きい。


ここは樹海だろうか。

というか異世界は?

なんか普通に地球の亜熱帯ジャングルっぽいんだが。


鬱蒼とした草木が陽の光を遮っているせいで周囲は薄暗く、見通しが悪い。

じめじめとしていて、足もとからは湿った土の匂いがした。



……。


いくら目を凝らしても風景は変わらない。


頭上は葉っぱに遮られてよく見えない。

だがきっと、空に太陽がふたつ浮かんでいるなんてファンタジーはないのだろう。


俺は拍子抜けした。

だって期待に胸を踊らせながら転移陣に飛び乗ったんだ。


中世ヨーロッパ風の街並みや、そこを闊歩する歴戦の冒険者が見られると思っていた。


それに獣人やエルフやドワーフ、ハーフリング。

そんなファンタジー世界の住人に会えると思っていた。


でもここには誰もいない。

あるのはちょっと珍しい感じの樹木だけ。

そして俺は別に樹木マニアではない。

だから肩透かしを食らった感じだ。


「なんだかなー」


がっくりと肩を落とす。

そんな俺の目の前に、すぐそばの茂みから何かがぴょんっと姿を現した。


えっと、これは……?


それは小動物――というか兎だった。

体毛がふわふわの白兎。

正直かなり可愛い。

つぶらな瞳で、額に小さな角を生やしている。

って角?


――こ、これは⁉︎


俺のテンションは、瞬時に爆上がりした。


ホ、角兎ホーンラビットだ!

こいつ、ガチの角兎ホーンラビットだろ絶対!


うわぁ、初めてみた……。

マジマジと眺め直す。


角兎とか、ファンタジー世界でしか見られんやつだぞ。

食ったらどんな味がすんだろ。


って、こんなモンスターがいるって事は、ここってやっぱり異世界?

俺はいま、ファンタジー異世界にいるのか⁉︎



感動に打ち震える。

ウサギさん、可愛いなぁ……。

食べちゃいたい。


しばらくそうして震えていると、俺を見つめ返していた角兎のつぶらな瞳が、赤く光った。


兎がカパァっと口を開く。

口裂け女みたいな開け方。

実に不気味だ。

裂けた口内には凶悪な牙が何本も生えていた。


――うぇ⁉︎


こわっ!

というか、きも!


「キシャアアアアアア!」


角兎が叫ぶ。

ウサギらしからぬ恐ろしい声に肝が冷える。

そのまま飛び掛かってきた。


狙いは俺の首筋。

こ、こいつ、俺を殺しにきてやがる……!


だが俺は驚くばかりで、なにも反応できない。

と、そのとき――


「フウタロー! 何をボーッとしている!」


背後からヴェルレマリーがやってきた。

俺を護るように前方に飛び込むと、淀みない動作で剣を引き抜き、角兎を真っ二つにする。


鮮血が迸った。

兎には断末魔をあげる暇もない。

絶命してぽとりと地に落ちた。


ヴェルレマリーは剣に付いた血糊を飛ばしてから、俺を振り返る。


「……まったく! 魔物を前に油断をするなど、お前はそれでも戦士の端くれか!」


なんか叱られた。

でも俺は戦士じゃない。

冒険者酒場のマスターだぜ?


「そ、そうか、すまん。なら仕方がな――いや、いや? 違うだろう! たとえ酒場のマスターであろうとも、魔物を前にして惚けるな!」


そりゃそうだ。

ともかく助かった。

感謝を伝える。

そうしていると、また茂みが揺れた。


ガサゴソと音がする。

先程と同じく、さっきの角兎がやってきた方角だ。


また異世界モンスターか?

俺は今度は油断なく身構えながらも、内心ではワクワクが止まらない。


どんなモンスターだ?

ゴブリンか?

オーガか?

それとも森の巨人トロールか?


しかし俺の予想は外れる。

声が聞こえてきた。


「急いで! こっちに行ったわ!」

「はやく追いかけるわよ! アレは3日ぶりの貴重な食料……絶対に逃がさない!」

「プレナリェル! 貴女はそっちから回り込んで!」

「分かった! ……あのウサギ肉、絶対に逃さないんだからぁ!」


複数の人物が姿を現す。

みんな耳が長い。

俺は彼女たちを眺めて絶句する。


なんと茂みから現れたのは、武装したエルフの集団だったのだ。

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