第11話 ファンタジー樹海と角兎
気付けば俺は、奇妙な形の樹々に囲まれていた。
木の根が地面から板状に張り出している。
雰囲気的には屋久島なんかで見られそうな樹。
そこかしこに生えている。
どれも大きい。
ここは樹海だろうか。
というか異世界は?
なんか普通に地球の亜熱帯ジャングルっぽいんだが。
鬱蒼とした草木が陽の光を遮っているせいで周囲は薄暗く、見通しが悪い。
じめじめとしていて、足もとからは湿った土の匂いがした。
◆
……。
いくら目を凝らしても風景は変わらない。
頭上は葉っぱに遮られてよく見えない。
だがきっと、空に太陽がふたつ浮かんでいるなんてファンタジーはないのだろう。
俺は拍子抜けした。
だって期待に胸を踊らせながら転移陣に飛び乗ったんだ。
中世ヨーロッパ風の街並みや、そこを闊歩する歴戦の冒険者が見られると思っていた。
それに獣人やエルフやドワーフ、ハーフリング。
そんなファンタジー世界の住人に会えると思っていた。
でもここには誰もいない。
あるのはちょっと珍しい感じの樹木だけ。
そして俺は別に樹木マニアではない。
だから肩透かしを食らった感じだ。
「なんだかなー」
がっくりと肩を落とす。
そんな俺の目の前に、すぐそばの茂みから何かがぴょんっと姿を現した。
えっと、これは……?
それは小動物――というか兎だった。
体毛がふわふわの白兎。
正直かなり可愛い。
つぶらな瞳で、額に小さな角を生やしている。
って角?
――こ、これは⁉︎
俺のテンションは、瞬時に爆上がりした。
ホ、
こいつ、ガチの
うわぁ、初めてみた……。
マジマジと眺め直す。
角兎とか、ファンタジー世界でしか見られんやつだぞ。
食ったらどんな味がすんだろ。
って、こんなモンスターがいるって事は、ここってやっぱり異世界?
俺はいま、ファンタジー異世界にいるのか⁉︎
◆
感動に打ち震える。
ウサギさん、可愛いなぁ……。
食べちゃいたい。
しばらくそうして震えていると、俺を見つめ返していた角兎のつぶらな瞳が、赤く光った。
兎がカパァっと口を開く。
口裂け女みたいな開け方。
実に不気味だ。
裂けた口内には凶悪な牙が何本も生えていた。
――うぇ⁉︎
こわっ!
というか、きも!
「キシャアアアアアア!」
角兎が叫ぶ。
ウサギらしからぬ恐ろしい声に肝が冷える。
そのまま飛び掛かってきた。
狙いは俺の首筋。
こ、こいつ、俺を殺しにきてやがる……!
だが俺は驚くばかりで、なにも反応できない。
と、そのとき――
「フウタロー! 何をボーッとしている!」
背後からヴェルレマリーがやってきた。
俺を護るように前方に飛び込むと、淀みない動作で剣を引き抜き、角兎を真っ二つにする。
鮮血が迸った。
兎には断末魔をあげる暇もない。
絶命してぽとりと地に落ちた。
ヴェルレマリーは剣に付いた血糊を飛ばしてから、俺を振り返る。
「……まったく! 魔物を前に油断をするなど、お前はそれでも戦士の端くれか!」
なんか叱られた。
でも俺は戦士じゃない。
冒険者酒場のマスターだぜ?
「そ、そうか、すまん。なら仕方がな――いや、いや? 違うだろう! たとえ酒場のマスターであろうとも、魔物を前にして惚けるな!」
そりゃそうだ。
ともかく助かった。
感謝を伝える。
そうしていると、また茂みが揺れた。
ガサゴソと音がする。
先程と同じく、さっきの角兎がやってきた方角だ。
また異世界モンスターか?
俺は今度は油断なく身構えながらも、内心ではワクワクが止まらない。
どんなモンスターだ?
ゴブリンか?
オーガか?
それとも森の巨人トロールか?
しかし俺の予想は外れる。
声が聞こえてきた。
「急いで! こっちに行ったわ!」
「はやく追いかけるわよ! アレは3日ぶりの貴重な食料……絶対に逃がさない!」
「プレナリェル! 貴女はそっちから回り込んで!」
「分かった! ……あのウサギ肉、絶対に逃さないんだからぁ!」
複数の人物が姿を現す。
みんな耳が長い。
俺は彼女たちを眺めて絶句する。
なんと茂みから現れたのは、武装したエルフの集団だったのだ。
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