第12話 流浪のエルフたち

エ、エルフだ……。

本物のエルフがそこにいる!


たまらず俺は駆け出した。

しかし背後から襟首を掴まれる。

首が締まった。


ぐえっ。

ちょ、まっ、苦し――


俺を掴んだのはヴェルレマリーだ。


「……待てフウタロー。何処へ行く」


そりゃあもちろん、エルフたちのもとだ!

邪魔をしないで欲しい。


俺はジタバタした。

けれどもヴェルレマリーは離してくれない。


「ええい暴れるな! それよりさっさと帰るぞ」


帰る?

嫌だ、嫌だ!

せっかくやって来れたファンタジー異世界なんだ。

もっと堪能していきたい!


「……まったく、お前は……」


足掻きまくる俺に、ヴェルレマリーはため息をひとつ。


「良いか? よく聞け。あの転移陣は見たところ不安定だった。はやくせねば元の場所に帰れなくなるぞ」


え?

そうなの?

俺はピタッと動きを止めて、思案する。


ぐぬぬ……。

流石に帰れないのでは困る。

あちらには出来たばかりの俺の店――冒険者酒場だってあるのだ。

まだ開店すら済んでいない。

それを放り出すなんてとんでもない!


無念だが諦めよう。

抵抗をやめた俺は、首根っこを掴まれたまま、ずるずると引きずられていく。

すると今まで警戒して様子見していたエルフが話し掛けてきた。


「ま、待ちなさい!」


エルフたちの視線は、とある一点に集まっている。

それは俺の手だ。


俺の手にはさっきヴェルレマリーが一刀両断した角兎が握られていた。

こっそり回収しておいたのだ。

持って帰って調理するつもりである。


「よ、横取りはやめて下さい! そのウサギ肉は置いていって下さい!」


首が締まったままの俺は喋れない。

だから代わって、ヴェルレマリーが応える。


「何故だ? この魔物は私が仕留めた獲物だと思うが」

「ち、違います! 最初にそのお肉を見つけて追い立てたのは、私たちです! だからそのお肉は私たちのお肉です!」


他のエルフたちも同意する。

口を揃えて「そうだ、そうだ」とか「お肉を返せ」とか「横暴だぞ」とかヤジを飛ばしてくる。


彼女らの目は必死だ。

赤く充血した白目を、兎の死骸から片時も離さない。

中には涎を垂らしているエルフまでいる始末。


「お肉お肉お肉お肉お肉お肉――」

「……うっ」


ある種異様な迫力にヴェルレマリーが怯んだ。

その隙に俺は、拘束を抜け出す。


こいつら腹が減っているのだろうか。

問うと、エルフたちはコクコクと頷く。


試しに俺は、角兎を頭上高く持ち上げてみた。

するとエルフたちは釣られて顔を上げる。


今度は角兎を右に、左に。

その度に幾人ものエルフたちの顔が、あっちにこっちに、釣られて動く。


美人揃いなくせに、揃いも揃って涎を垂らしてまぁ。

俺は笑いながら提案してみた。


「なんなら一緒にくるか? 美味いもん、たらふく食わせてやれるぞ」

「――えっ⁉︎ ほ、本当ですか⁉︎」


エルフたちの表情が、パァっと華やいだ。

俺の背後ではヴェルレマリーが「それは牛丼のことか? 牛丼なのか? 私の分はあるんだろうな!」とうるさい。


あ、でも転移陣が不安定なんだっけ。

戻ってこれなくなるか。

こりゃダメだな。

すまん。


前言を撤回しようとする俺に、エルフたちが慌てた。


「待って! 待って下さい!」


ん?


「そこに行けば、お腹いっぱいご飯が食べられるんですよね⁉︎」


ああ、そうだな。

1日3食、お腹いっぱい食べさせてやれる。


「さ、3食⁉︎」


エルフたちがどよめいた。


「だ、騙されませんよ! そんな美味い話、そうそうあるはずがないです! どうせその場所には危険な外敵がいっぱいいるんでしょう!」


外敵?

そんなもんいないぞ。

日本は夜に女性が一人歩きしても問題ないくらい安全な国だ。


「あ、安全⁉︎ でもでも、寝る場所がなかったり……」


いや、ある。

差し当たり酒場に泊まってもらうことになると思うけど、もし日本にくるなら家は俺が責任を持って用意しよう。


あ、そうだ。

森も必要か?

だったら植林しても良いな。

なぁに、資金も土地も余るくらいあるんだ。

心配することはない。


エルフたちは驚愕に震えている。

けれどもやがて、ひとり、ふたりと挙手し始めた。


「はい、はい、はーい! 行きます! 私たちをその場所に連れていって下さいー!」


こうして俺はエルフたちを日本に招くことになった。

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