第21話 鰻の蒲焼き

サイレンの音が近づいてくる。


これはまずい。

ヴェルレマリーは剣を持っているし、エルフの二人だって弓矢持参なのだ。

銃刀法違反でしょっ引かれる。


俺は彼女たちを連れて、そそくさと現場を離れた。



アスファルト舗装された歩道をてくてく歩く。


着いた当初は及び腰でおっかなびっくり歩いていたみんなも、少しは日本の街に慣れてきたようだ。

背筋がピンと伸びている。


とはいえまぁ、珍しいもの(俺にとってはありふれたものではある)をみつけては、質問攻めにしてくるのだけれど。


「おい、フウタロー。あれは何だ? 大きな鉄の騎獣に大勢の人々が吸い込まれていく。よもや、人攫いではあるまいな?」


ああ、あれはバスだよ。

人攫いじゃない。

言っちまえば乗り合い馬車みたいなもんだな。

だから間違って助けようとかすんなよ?

いや、まぁなんだ。

さっきのダンプカーとの対決は、めっちゃカッコよかったけどさぁ。


今度はプレナリェルである。

興奮気味なのか、長い耳をぴくぴくさせている。


「フウタローさぁん! あれなんですか? ほら、あそこのピカピカしている建物です! 人が出たり入ったり……」


ん、あれはゲームセンターだな。

プレナリェルはゲームって、わかるか?

わからん?

まぁ、そりゃそうか。

面白いんだぞ。

何ならイケアで買い物を済ませた帰りに、少し寄り道していくか?

こう、色んな種類のゲームがあってな。

そうだ。

もしかすると、エルフは射撃系のゲームが得意だったりしてな。


隣からぐぅと音がした。

見ればお肉大好き幼女エルフのカナリタが、お腹を押さえている。

今の音はこいつの腹の虫か。


カナリタが俺の袖をちょいちょいと引いてきた。

無表情で見上げてくる。


「お肉、食わせろ」


っと、そろそろ昼飯の時間か……って、まだ11時前じゃないか。

この食いしん坊エルフめ。


けれども、そうだな。

ランチタイムになると街は人でごった返す。

昼休憩の会社員で店がいっぱいになる前に、昼食を済ませておくのも良いかもしれない。


そんなことを考えていると、ふわりと良い香りが漂ってきた。

鼻腔をくすぐる甘辛いタレの匂い。

香りの出元はうなぎ屋さんだった。


店舗の軒先で、うなぎ職人の方が焼き器をうちわでパタパタ仰いでいる。

焦げたタレの香り。


俺はごくり、と喉を鳴らした。

美味そうだ。

うん、昼飯はこの店にするか。



のれんを潜って店に入り、四名席のテーブルに案内されて着席する。

案内してくれたのは店のおばちゃんだ。


「なんだいアンタたち。旅行かい? またけったいな格好してるねぇ。何処から来たんだい?」


ふくよかで恰幅のいいおばちゃんは、ヴェルレマリーたちを外国人旅行者と勘違いしたようだ。

最近多いもんな。

ヴェルレマリーが応える。


「旅行? 旅行ではない。我が名はヴェルレマリー・フォン・マルグレット。マルグレット王国、第一竜騎士団が団長にして第三王女だ。この名が示す通り、マルグレット王国からやってきた」


おばちゃんが目を丸くした。


「ここ聖シャリエッタ教国には、我が騎竜である王国守護神竜フィンブルリンドと共に飛ばされてきたのだ。突如現れた転移陣に強制転移させられてな……帰り方も分からぬので、ひとまずこの者、フウタローの世話になっている」


ヴェルレマリーは大真面目だ。

さもありなん。

だって事実だからな。

でも、その聖シャリエッタ教国の設定はもう忘れてくれ。

俺の顔が羞恥で赤くなるわ。


おばちゃんはジョークだと捉えたようで、ケラケラと笑い始めた。


「あっはっは! なんだい、別嬪さんなのに面白い子だねぇ。あれかい? それってアニメか漫画の話かい? このところ海外でも人気があるらしいじゃないか、日本のアニメ。おばちゃんも最近のアニメ観たことあるわよぉ、リボンの騎士とか!」


おばちゃんがキメ顔でリボンの騎士の真似をした。

片手でレイピアを突き出すポージング。

案外、様になっている。


だが、リボンの騎士は最近のアニメではない。

そこは鬼滅の刃とか、そんな作品をあげて欲しかった。

とはいえ野暮なツッコミは控える。

俺は空気の読める男なのだ。


ヴェルレマリーは「アニメ? 漫画?」と首を捻っている。


ともかく勘違いしてくれたなら好都合だ。

俺は手早く鰻重を4つ注文した。

リボンの騎士のおばちゃんは、あいよーと応えて笑いながら去っていく。


程なくして鰻重が運ばれてきた。

重箱の蓋を取ると、湯気と一緒に香ばしく焼き上げられたうなぎの香りがふわっと漂う。

焼き色もばっちりで、めっちゃ美味そうだ。


だというのに、カナリタが文句をつけてくる。


「お肉じゃない」


いや、牛や豚のお肉じゃないのは確かだけどさ。

うなぎだって相当なもんだぞ?

騙されたと思って食ってみろって。


カナリタはむすっとしたまま鰻重に箸を突っ込んだ。

器用に持ち上げて食べる。

小さなほっぺたをもぐもぐと動かして、ごくん。


「……お、おおお……おおおおおお――」


いつも無表情なカナリタの表情がパァっと華やいだ。

感動したのか震えている。

俺はそれを眺めて笑う。

な?

美味いだろ?


カナリタはこくこくと頷いてから、鰻重をがっつき始めた。

小狡くもカナリタを人柱にして様子見していやがったヴェルレマリーやプレナリェルが後に続く。


それを見届けてから、俺も鰻重に箸を向けた。

熱々の白米と一緒にふんわりと焼き上がった鰻を頬張る。

あまじょっぱい蒲焼きのタレと、濃厚でねっとり舌に絡みつくうなぎの脂が口内で混じり合う。

お米の炊き加減もばっちりだ。


うん、美味い。

やっぱりうなぎの蒲焼きは最高だな!

俺たちは昼食を堪能した。


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