第20話 街には危険がいっぱいです。
近くの街へとやってきた。
都心に比べたら全然だが、それでも近隣では最も栄えた街である。
店は雑多で街の中心部にはビルなんかも立ち並んでおり、交通量もそれなりに多い。
連れてきたみんなは、そんな街の風景を眺めて驚嘆している。
ヴェルレマリーが興奮しながら叫ぶ。
「て、鉄の騎獣が、あんなにもたくさん!
いやだからそれ、自動車だって。
こっち来る時に説明しただろ。
乗ってもきたし。
あとその黄金郷の設定、まだ生きてたの?
今度はエルフたちだ。
「い、石で出来た森です……。あ! み、見てください! 空を何か飛んでいますよ! す、凄い咆哮です!」
「……ド、ドラゴンだ。怖い」
ああ、あれはドラゴンじゃない。
ヘリコプターって言うんだ。
音、めっちゃうるさいよな。
◆
ヴェルレマリーたちはキョロキョロと物珍しげに辺りを見回している。
アスファルト舗装された道を、おっかなびっくり歩いていく。
おのぼりさんみたいだ。
けれども珍しがっているのは彼女たちの方だけではなかった。
現地の通行人たちも同じだ。
道ゆく皆が、帯剣した鎧姿のヴェルレマリーや、耳長で見慣れぬ金髪エルフたちに奇異の目を向けている。
誰もが「外人さん?」「コスプレかなぁ」「綺麗だけど何で街中で?」なんて囁きあう。
ひそひそ。
ひそひそ。
そうしていると、母親に連れられたとある女の子が俺たちを指差してきた。
「ママぁ、あれなにぃ?」
「しっ! 見ちゃいけません!」
母は身を挺して庇うみたいに、俺たちから我が子を隠した。
……まぁ気持ちは分かるよ。
だって今は春先だ。
頭のおかしなやつが増える季節だし、俺たちもきっとそう思われたに違いない。
実際、こいつら、ちょっと変だしなぁ。
あ、でも俺はまともだぞ?
◆
親子連れが足早に立ち去っていく。
俺はある種の悟りを開きつつ、親子が向かう先に顔を向けて――
一瞬で肝が冷えた。
ダ、ダンプだ!
巨大なダンプカーが、去っていく親子に突っ込もうとしている!
「ちょ⁉︎ そっちは危な――」
たまらず叫んだが、声が届かない。
ダンプカーの運転手もまた、ヴェルレマリーたちの変な格好に気を取られていた。
前を見ろ!
ダメだ。
車線に入った親子連れに、全く気付いていない!
このままだと、大惨事だ。
母親も女の子も……。
最悪な事態を想像して青ざめながら、俺は身振り手振りで必死に訴える。
待てー!
止まれ!
ダンプカーの運転手がようやく親子に気付いた。
慌ててクラクションを鳴らす
だがもう遅い。
「きゃ、きゃああああああ!」
「マ、ママぁ!」
母と子が悲鳴を上げた。
そのとき――
◆
ドンッと音がなった。
ヴェルレマリーが神速で駆け出した音だ。
地面には足裏の形に陥没したアスファルト。
飛び出したヴェルレマリーは、あっという間に車線に割って入った。
ダンプカーの前で仁王立ちする。
恐怖に腰を抜かした親子を背に庇いながら、ダンプカーと対峙する。
運転手が叫んだ。
「う、うわあああああ……!」
「ふんぬ!」
直後、もの凄い音がして、地面が揺れた。
もうもうと土埃が舞う。
ヴェルレマリーが足を踏ん張り、両手を前に突き出した前傾姿勢で、ダンプカーの突進を受け止めたのだ。
ヴェルレマリーは叫ぶ。
「貴様! この私の目の前で、
怒りの形相でダンプカーをむんずと掴み、両腕に力を込めて持ち上げる。
運転手が慌てて運転席から脱出した。
ヴェルレマリーはそれを見届けてから、巨大なダンプカーをポイっと投げ捨てた。
◆
横転して転がり、横倒しになって、ひしゃげた車体。
タイヤだけがぐるぐると空回りしている。
そのすぐ近くでは、運転手の男性が頭を抱えながらうずくまっている。
助かった、轢かずに済んだ、助かった、とぶつぶつ呟いている。
ヴェルレマリーは運転手に害意がないことを確認してから、腰を抜かしたままの親子へと歩み寄る。
「怪我はないか? ふふ、そう怯えずともよい」
優しい表情で手を差し伸べた。
「我が名はヴェルレマリー・フォン・マルグレット。マルグレット王国、第一竜騎士団が団長にして第三王女。天空の守護者である。もう心配はいらぬ。鉄の巨獣は打ち倒した」
母親はポカンとしている。
そりゃそうだ。
女の子はえんえんと声を上げて泣いていた。
ヴェルレマリーは困った顔で続ける。
「この名において約束する。私があれなる凶獣から其方らを守ろう。手出しはさせぬ。だからもう泣くな。国は違えど力無き民を守るは姫として、また騎士としての務めだ」
か、かっけえぇ……。
俺の魂は震えた。
なんだこの姫騎士、めちゃくちゃかっこいい!
普段の飲んだくれ姿しか知らない俺は、あまりものギャップにキュンとする。
たまらん。
あれか?
これぞ騎士の本懐ってやつか?
目の前で繰り広げられるファンタジーに、俺はもう大興奮である。
そうこうしていると、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
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