第20話 街には危険がいっぱいです。

近くの街へとやってきた。


都心に比べたら全然だが、それでも近隣では最も栄えた街である。

店は雑多で街の中心部にはビルなんかも立ち並んでおり、交通量もそれなりに多い。


連れてきたみんなは、そんな街の風景を眺めて驚嘆している。

ヴェルレマリーが興奮しながら叫ぶ。


「て、鉄の騎獣が、あんなにもたくさん! 黄金郷エル・ドラード、なんと摩訶不思議な光景か……!」


いやだからそれ、自動車だって。

こっち来る時に説明しただろ。

乗ってもきたし。

あとその黄金郷の設定、まだ生きてたの?


今度はエルフたちだ。


「い、石で出来た森です……。あ! み、見てください! 空を何か飛んでいますよ! す、凄い咆哮です!」

「……ド、ドラゴンだ。怖い」


ああ、あれはドラゴンじゃない。

ヘリコプターって言うんだ。

音、めっちゃうるさいよな。



ヴェルレマリーたちはキョロキョロと物珍しげに辺りを見回している。

アスファルト舗装された道を、おっかなびっくり歩いていく。

おのぼりさんみたいだ。


けれども珍しがっているのは彼女たちの方だけではなかった。

現地の通行人たちも同じだ。

道ゆく皆が、帯剣した鎧姿のヴェルレマリーや、耳長で見慣れぬ金髪エルフたちに奇異の目を向けている。


誰もが「外人さん?」「コスプレかなぁ」「綺麗だけど何で街中で?」なんて囁きあう。

ひそひそ。

ひそひそ。

そうしていると、母親に連れられたとある女の子が俺たちを指差してきた。


「ママぁ、あれなにぃ?」

「しっ! 見ちゃいけません!」


母は身を挺して庇うみたいに、俺たちから我が子を隠した。


……まぁ気持ちは分かるよ。


だって今は春先だ。

頭のおかしなやつが増える季節だし、俺たちもきっとそう思われたに違いない。


実際、こいつら、ちょっと変だしなぁ。

あ、でも俺はまともだぞ?



親子連れが足早に立ち去っていく。

俺はある種の悟りを開きつつ、親子が向かう先に顔を向けて――


一瞬で肝が冷えた。


ダ、ダンプだ!

巨大なダンプカーが、去っていく親子に突っ込もうとしている!


「ちょ⁉︎ そっちは危な――」


たまらず叫んだが、声が届かない。


ダンプカーの運転手もまた、ヴェルレマリーたちの変な格好に気を取られていた。

前を見ろ!

ダメだ。

車線に入った親子連れに、全く気付いていない!


このままだと、大惨事だ。

母親も女の子も……。

最悪な事態を想像して青ざめながら、俺は身振り手振りで必死に訴える。


待てー!

止まれ!


ダンプカーの運転手がようやく親子に気付いた。

慌ててクラクションを鳴らす

だがもう遅い。


「きゃ、きゃああああああ!」

「マ、ママぁ!」


母と子が悲鳴を上げた。

そのとき――



ドンッと音がなった。

ヴェルレマリーが神速で駆け出した音だ。

地面には足裏の形に陥没したアスファルト。


飛び出したヴェルレマリーは、あっという間に車線に割って入った。

ダンプカーの前で仁王立ちする。

恐怖に腰を抜かした親子を背に庇いながら、ダンプカーと対峙する。

運転手が叫んだ。


「う、うわあああああ……!」

「ふんぬ!」


直後、もの凄い音がして、地面が揺れた。

もうもうと土埃が舞う。

ヴェルレマリーが足を踏ん張り、両手を前に突き出した前傾姿勢で、ダンプカーの突進を受け止めたのだ。


ヴェルレマリーは叫ぶ。


「貴様! この私の目の前で、無辜むこ母子ははこを害そうとは何事か!」


怒りの形相でダンプカーをむんずと掴み、両腕に力を込めて持ち上げる。

運転手が慌てて運転席から脱出した。

ヴェルレマリーはそれを見届けてから、巨大なダンプカーをポイっと投げ捨てた。



横転して転がり、横倒しになって、ひしゃげた車体。

タイヤだけがぐるぐると空回りしている。

そのすぐ近くでは、運転手の男性が頭を抱えながらうずくまっている。

助かった、轢かずに済んだ、助かった、とぶつぶつ呟いている。


ヴェルレマリーは運転手に害意がないことを確認してから、腰を抜かしたままの親子へと歩み寄る。


「怪我はないか? ふふ、そう怯えずともよい」


優しい表情で手を差し伸べた。


「我が名はヴェルレマリー・フォン・マルグレット。マルグレット王国、第一竜騎士団が団長にして第三王女。天空の守護者である。もう心配はいらぬ。鉄の巨獣は打ち倒した」


母親はポカンとしている。

そりゃそうだ。

女の子はえんえんと声を上げて泣いていた。

ヴェルレマリーは困った顔で続ける。


「この名において約束する。私があれなる凶獣から其方らを守ろう。手出しはさせぬ。だからもう泣くな。国は違えど力無き民を守るは姫として、また騎士としての務めだ」


か、かっけえぇ……。


俺の魂は震えた。

なんだこの姫騎士、めちゃくちゃかっこいい!


普段の飲んだくれ姿しか知らない俺は、あまりものギャップにキュンとする。

たまらん。


あれか?

これぞ騎士の本懐ってやつか?

目の前で繰り広げられるファンタジーに、俺はもう大興奮である。


そうこうしていると、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。

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