第7話 姫騎士ヴェルレマリー
前触れもなくホールに現れた騎士姿の女性を眺める。
銀糸のように輝く美しい髪と、意志の強さを感じさせる黄金の瞳。
肌は白磁のように透き通っている。
すごい美人だ。
外国から来こられた方だろうか。
北欧とかそっち系の。
いやその割には流暢に日本語を扱っている。
もしかすると日本育ちなのかもしれんな。
何しに来たのだろう。
求人広告は打ったばかりだし、流石にまだアルバイト希望者ってことは――
そこまで考えて、俺はふいにピンときた。
……ははぁん。
さてはこの女性、ホームページを見てやってきたな?
だとするとやはりアルバイト希望者だ。
踊る子兎亭にはちゃんとホームページがある。
この数ヶ月のうちに準備しておいた。
まだ八割方のページが準備中だが、一部は既に閲覧可能だ。
そして俺はスタッフ募集にあたり、雑誌の求人広告に先んじてホームページに募集要項を掲載しておいた。
そちらにも『異世界ファンタジー大好きスタッフ、大募集!』って、デカデカと載せてある。
だからこの女性は、ホームページを見てやってきたアルバイト希望者。
自己アピールの為にこうして異世界の女騎士に扮装して面接にやってきたのだろう。
なんとも素晴らしい気合いの入りようである。
俺は感心した。
◆
状況を理解した俺は落ち着きを取り戻し、改めて目の前の女性――ヴェルレマリーを観察する。
実に見事で、ハイクオリティなコスプレだ。
素晴らしい。
細部までこだわり抜かれた衣装からは、彼女が胸に秘めた異世界ファンタジーに対する並々ならぬ熱意が伺える。
「――採用!」
俺は無意識に叫んでいた。
いやだってそうだろ?
面接するまでもない。
こんなの採用に決まっているじゃないか。
ヴェルレマリーが首を捻る。
「……採用? 何の話だ。それよりも私は先に名乗ったのだ。なれば其方も名乗るのが礼儀であろう」
これは失礼をした。
俺は軽く謝罪をしてから名を伝える。
「ふむ、フウタローか。珍しい名だな。だが不思議と耳心地の良い響きの名だ」
ヴェルレマリーは話を続ける。
「ではフウタロー。すまないが教えて欲しい。ここは何処なのだ? 生え育っている草木などから察するに、どうやら我がマルグレット王国の領内や、その近隣諸国ではないように思われるが……」
マルグレット王国ねぇ。
そうきたか。
俺は察した。
俺の内心では今日のアルバイト面接は『採用』という形で結果が出ており、すでに終わっている。
けれどもヴェルレマリーの中では違うらしい。
まだ面接中のつもりだ。
だからファンタジー好きをこれでもかとアピールしてくる。
――いいぜ。
ならば乗ってやろうじゃないか。
俺だってファンタジーに対する熱意は負けていないんだ。
その演技、受けて立つ。
とことんまで付き合ってやるぜ!
「ああ、ここはマルグレット王国じゃない! 聖シャリエッタ教国、その領内だ。そしてこの店は冒険者酒場『踊る子兎亭』。看板メニューは『角兎の香草焼き』だ!」
俺は応えた。
ヴェルレマリーは腕組みをして考え込む。
「……聖シャリエッタ教国……寡聞にして知らぬ名だ。新興国だろうか。で、フウタロー。それは中央大陸のどの辺りにある国なのだ?」
切り返しが早く、淀みがない。
本当の異世界人みたいだ。
やるな、ヴェルレマリー!
「ちゅ、中央大陸にはない。シャリエッタ教国は、あー、極東にあるお米の国で……えっと、その、たぶん島国だ」
俺はしどろもどろになった。
アドリブは結構難しい。
「……島国。そうか、聞いたことがあるぞ。東の最果て。
「エ、黄金郷? あ、ああ、そうだ! ここが
くぅぅ、たまらん!
ヴェルレマリーは演技派だった。
自然体だ。
アドリブも楽にこなしている。
気合の入った衣装といい、もしかして本職は役者さんだったりするのか?
ズブの素人の俺とは大違いだ。
彼女には今度また、冒険者酒場のマスターとしての演技をご教授願おう。
ヴェルレマリーは人差し指と親指をあごに当て、眉根を寄せている。
思い悩むその姿なんて、最早どこから見てもファンタジー世界の女騎士としか思えない。
ぶつぶつと独り言ちる。
「……くそっ、なんということだ。まさか斯様な最果てまで転移させられていようとは……」
ヴェルレマリーはまだ演技を続けている。
根気も十分。
これは良いスタッフになってくれそうだ。
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