第8話 王国の守護神竜。あと牛丼

ふと、窓の方向に物凄い違和感を覚えた。


目を向ける。

すると窓の向こうに大きな顔があった。

爬虫類の顔だ。

ギョロリとした黄金の瞳。

縦長に裂けた瞳孔が、窓から酒場のなかを覗きこんでいる。


ふぁ⁉︎

あれは、なんだ?

俺は瞬時にフリーズした。

ヴェルレマリーが話す。


「ああ、驚かせてすまない。紹介しよう」


紹介?

紹介とは?


「あれなるはマルグレット王国の守護神竜。名をフィンブルリンドという。私は『フィン』と呼んでいるがな。私の騎竜で一緒にここ黄金郷エル・ドラードへと飛ばされてきたんだ」


ヴェルレマリーの説明に首を傾げる。


守護神竜……。

えっと……なに言ってんだろう、この女騎士。


だってファンタジーは設定でしょ?

竜とか現実にいるわけないよね。



……。


…………。


たっぷり10分も固まっていただろうか。


理解はまだ追いついてない。

しかしながら何とか身体だけは動かせるようになった俺は、蹴つまずきつつも酒場の外に飛び出した。


そこには巨大なドラゴンがいた。

白竜だ。

胴体がひょろ長い中国風のやつではなく、筋肉質でがっしりとした四肢を備えた西洋風のやつ。


中天の空の下。

降り注ぐ陽の光が、分厚い純白の竜鱗りゅうりんを眩く照らす。

背には大きな翼が生えている。


「……グルルルル……」


ドラゴンが喉を鳴らした。

その威容から放たれる、異様なまでの存在感。


ふんと吐き出された吐息が、俺の全身に掛かる。

生暖かい。

その温度、湿度、有無を言わせぬリアリティ。


ドラゴンが軽く身じろぎをすると大気が揺れた。

首を起こし、伸びをするみたいに翼を広げる。

たったのそれだけの動作で、周囲に旋風つむじかぜが巻き起こる。


「……は、ははは……なんじゃ、こりゃあ……」


俺はもう、腰砕けだ。

笑うしかない。

そんな風に呆然とする俺の背中に、遅れて酒場から出てきたヴェルレマリーが声を掛けてくる。


「竜を見るのは初めてか? ふふ、そう怯えずとも良い。フィンはこう見えて争いを好まぬ優しいドラゴンだ。取って喰われたりはしない。それより――」


ぽてり、と。


ヴェルレマリーが倒れた。

俺は慌てた。


「――⁉︎ ど、どうした!」

「……ぅう、すまない、フウタロー。なにか、食べるものを分けては貰えないだろうか。この黄金郷に飛ばされてきてから、ずっと何も食べていない。そろそろ限界だ……」


ヴェルレマリーのお腹がぐぅと鳴いた。

それは拍子抜けするような可愛らしい音で、張り詰めていた空気が緩む。


俺は目まぐるしく移り変わる状況に翻弄されながらも、慌てて彼女を抱え上げて酒場へと戻った。



ヴェルレマリーを木製ラウンドテーブルに座らせる。

次は急いでご飯の準備である。


メニューは昼に俺が食べる予定だった牛丼。

大した料理ではないが下準備も済んでるし、すぐ出せるものがこれくらいしかない。

ここは勘弁願おう。


炊飯ジャーを開ける。

折よく米は炊き上がったばかりだ。

ほかほかと熱い湯気が立ち上る。


俺は炊き立てのご飯にしゃもじを突き立て、底から掬うみたいに大きく混ぜた。

こうして米を蒸らしていく。


いち、に、さん、し……。


少し待ってからどんぶりに白米をよそった。

その上に牛丼のタネをたっぷり乗せていく。

くたくたになるまでじっくり炒めた玉ねぎは、熱で溶けた牛脂を目一杯吸い込んでいる。


牛肉から甘じょっぱく仕上げたタレが沁み出し、白く艶めいた米をじわっと染めていく。


醤油ベースの食欲をそそる何とも良い香りが、踊る子兎亭の店内にふんわりと広がりだした。


その匂いに、ヴェルレマリーの身体がぴくりと痙攣する。


「……ぅう、まだか、……まだかフウタロー。はやく、私に食事を……」


彼女はテーブルに突っ伏していた。

死んだ魚みたいに身動きしない。

けれども腹の虫だけは、さっきからぐうぐうと鳴きっぱなしだ。

ちょっと笑える。


というか、なんだ、ヴェルレマリーのやつ。

もしかして食いしん坊キャラか?


なんかこう、凛々しく思えた彼女に対する第一印象が、ダメな方に上書きされていく。

っと、それは兎も角、牛丼、牛丼。


「待たせたな! さぁ食べてくれ」


ヴェルレマリーが、がばっと身を起こした。

スプーンを握り、どんぶりを手で持ち上げてガツガツとかき込んでいく。


「――⁉︎ う、美味い! なんだこれは! こんな料理、私は食べたことがないぞ!」


そうか。

気に入ってくれたのなら良かった。

おかわりならまだあるから、遠慮なく食べてくれ。


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