第8話 王国の守護神竜。あと牛丼
ふと、窓の方向に物凄い違和感を覚えた。
目を向ける。
すると窓の向こうに大きな顔があった。
爬虫類の顔だ。
ギョロリとした黄金の瞳。
縦長に裂けた瞳孔が、窓から酒場のなかを覗きこんでいる。
ふぁ⁉︎
あれは、なんだ?
俺は瞬時にフリーズした。
ヴェルレマリーが話す。
「ああ、驚かせてすまない。紹介しよう」
紹介?
紹介とは?
「あれなるはマルグレット王国の守護神竜。名をフィンブルリンドという。私は『フィン』と呼んでいるがな。私の騎竜で一緒にここ
ヴェルレマリーの説明に首を傾げる。
守護神竜……。
えっと……なに言ってんだろう、この女騎士。
だってファンタジーは設定でしょ?
竜とか現実にいるわけないよね。
◆
……。
…………。
たっぷり10分も固まっていただろうか。
理解はまだ追いついてない。
しかしながら何とか身体だけは動かせるようになった俺は、蹴つまずきつつも酒場の外に飛び出した。
そこには巨大なドラゴンがいた。
白竜だ。
胴体がひょろ長い中国風のやつではなく、筋肉質でがっしりとした四肢を備えた西洋風のやつ。
中天の空の下。
降り注ぐ陽の光が、分厚い純白の
背には大きな翼が生えている。
「……グルルルル……」
ドラゴンが喉を鳴らした。
その威容から放たれる、異様なまでの存在感。
ふんと吐き出された吐息が、俺の全身に掛かる。
生暖かい。
その温度、湿度、有無を言わせぬリアリティ。
ドラゴンが軽く身じろぎをすると大気が揺れた。
首を起こし、伸びをするみたいに翼を広げる。
たったのそれだけの動作で、周囲に
「……は、ははは……なんじゃ、こりゃあ……」
俺はもう、腰砕けだ。
笑うしかない。
そんな風に呆然とする俺の背中に、遅れて酒場から出てきたヴェルレマリーが声を掛けてくる。
「竜を見るのは初めてか? ふふ、そう怯えずとも良い。フィンはこう見えて争いを好まぬ優しいドラゴンだ。取って喰われたりはしない。それより――」
ぽてり、と。
ヴェルレマリーが倒れた。
俺は慌てた。
「――⁉︎ ど、どうした!」
「……ぅう、すまない、フウタロー。なにか、食べるものを分けては貰えないだろうか。この黄金郷に飛ばされてきてから、ずっと何も食べていない。そろそろ限界だ……」
ヴェルレマリーのお腹がぐぅと鳴いた。
それは拍子抜けするような可愛らしい音で、張り詰めていた空気が緩む。
俺は目まぐるしく移り変わる状況に翻弄されながらも、慌てて彼女を抱え上げて酒場へと戻った。
◆
ヴェルレマリーを木製ラウンドテーブルに座らせる。
次は急いでご飯の準備である。
メニューは昼に俺が食べる予定だった牛丼。
大した料理ではないが下準備も済んでるし、すぐ出せるものがこれくらいしかない。
ここは勘弁願おう。
炊飯ジャーを開ける。
折よく米は炊き上がったばかりだ。
ほかほかと熱い湯気が立ち上る。
俺は炊き立てのご飯にしゃもじを突き立て、底から掬うみたいに大きく混ぜた。
こうして米を蒸らしていく。
いち、に、さん、し……。
少し待ってからどんぶりに白米をよそった。
その上に牛丼のタネをたっぷり乗せていく。
くたくたになるまでじっくり炒めた玉ねぎは、熱で溶けた牛脂を目一杯吸い込んでいる。
牛肉から甘じょっぱく仕上げたタレが沁み出し、白く艶めいた米をじわっと染めていく。
醤油ベースの食欲をそそる何とも良い香りが、踊る子兎亭の店内にふんわりと広がりだした。
その匂いに、ヴェルレマリーの身体がぴくりと痙攣する。
「……ぅう、まだか、……まだかフウタロー。はやく、私に食事を……」
彼女はテーブルに突っ伏していた。
死んだ魚みたいに身動きしない。
けれども腹の虫だけは、さっきからぐうぐうと鳴きっぱなしだ。
ちょっと笑える。
というか、なんだ、ヴェルレマリーのやつ。
もしかして食いしん坊キャラか?
なんかこう、凛々しく思えた彼女に対する第一印象が、ダメな方に上書きされていく。
っと、それは兎も角、牛丼、牛丼。
「待たせたな! さぁ食べてくれ」
ヴェルレマリーが、がばっと身を起こした。
スプーンを握り、どんぶりを手で持ち上げてガツガツとかき込んでいく。
「――⁉︎ う、美味い! なんだこれは! こんな料理、私は食べたことがないぞ!」
そうか。
気に入ってくれたのなら良かった。
おかわりならまだあるから、遠慮なく食べてくれ。
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