第41話 ミリタリーエルフ

――ぐぉぉぉぉおおおお!――


フィンブルリンドの咆哮は衝撃波となり、ゾンビの大群を蹴散らしていく。

ドラゴンの咆哮は魔力の塊だ。

自衛隊の銃火器ですら退治出来なかったゾンビたちが、あれよあれよと消滅していった。


報道ヘリからリポーターが叫ぶ。


「ああっ⁉︎ ドラゴンがっ! ドラゴンが街を襲う怪物の群れを攻撃しています!」


ヘリは竜の咆哮ドラゴンハウリングの余波を受けてフラフラと不安定な飛行状態だというのに、なかなかガッツのあるリポーターである。

中継カメラがバタバタ倒れていくゾンビを捉える。


「こ、これは一体どういうことでしょうか? ドラゴンが怪物を倒しています! もしや仲間割れでしょうか!」

「仲間などではないぞ!」


ヴェルレマリーが声を張り上げた。

それをカメラが映し出す。

ズームアップしていく映像に納められたのは、銀髪金瞳で透き通った白い肌の凛々しい姫騎士。

見目だけなら大変麗しい。

そんな彼女の姿が、全国の視聴者さんへとライブでお届けされていく。


「我が名はヴェルレマリー・フォン・マルグレット! マルグレット王国が誇り高き第一竜騎士団の団長にして、第三王女。此度こたびは友邦である聖シャリエッタ教国からの要請を受け、あれなるアンデッドどもを退治しに馳せ参じた!」


リポーターのお姉さんはマイクを手にしたまま、口をぱくぱくしている。

ポカンとして状況に理解が追いつかない様子。


「……ふっ、案ずるな」


ヴェルレマリーが不敵な笑みを浮かべた。

それは普段の酔っ払い姿を知らないものが見れば、憧れてしまうくらい様になった微笑だ。

カッコをつけながら続ける。


「そこな女子おなごよ、もう怖がらずとも良い。この私が参ったからには、すぐに亡者どもなど殲滅しつくしてくれる。――いくぞっ、フィンブルリンド! 吶喊とっかんだ!」


ヴェルレマリーは遠くにゾンビの群れを見つけて突撃していった。

残されたリポーターが呟く。


「……え、ええっと……今のは何だったのでしょうか? マルグレット王国? 聖シャリエッタ教国? わ、私は夢でもみて――って、そうじゃない!」


呆気にとられたままだったリポーターが、ようやくハッとなった。

慌てて報道スタッフに指示を飛ばす。


「操縦士さん! 急いでさっきの白いドラゴンと妙な不審人物を追いかけて下さい! これは凄いスクープよ! カメラさんは絶対に撮り逃さないで!」


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


ヴェルレマリーとフィンブルリンドが、猛威を振るって暴れ回る。

標的となったゾンビは哀れだ。

抵抗らしい抵抗も出来ずに駆逐され。もの凄いスピードで数を減らしていく。

まさに台風のごとき大暴れである。


しかし活躍しているのは彼女たちだけではない。

討ち漏らされたり元から単独で行動していたゾンビを、瓦礫の街の隅々まで追い回して退治していく者がいる。

それは武装したエルフたちである。


エルフたちは頑張っていた。

張り切っている。

なにせゾンビを多く倒した順に、お肉の取り分が増えるのだ。


「――見つけたっ。これでも喰らいなさい!」


エルフの矢がゾンビの額に突き刺さる。

かと思うと、魔力爆発を起こす。


「ぃよしっ。これで六十体目! ふふん、流石は私ね。なかなか良いペースなんじゃないかしら?」


胸の前で拳を握り込み、小さくガッツポーズをしてみせたこのエルフの名前は『メルセデス』。


スレンダーな体型の者が多いエルフにあってボインボインで非常に発育が良く、見た感じでは七人いるエルフの中で最も年長者に見える女性である。


この度の勝負、メルセデスには自信があった。

なぜなら彼女は、エルフたちの中で一番狩りが得意だからだ。

事実、ここまでは順調にゾンビの討伐数を伸ばしている。

しかし油断は禁物。

もっとたくさんゾンビを狩っておくべきだ。

そう思いながら次の相手を索敵した、そのとき――



――タタタタタタタタタタタタッ!


聞き慣れぬ破砕音を耳にしたメルセデスは、反射的に顔を向ける。

すると少し離れた小高い場所にプレナリェルの姿を見つけた。

プレナリェルは小脇にサブマシンガンを抱えている。

さっきの音はこのマシンガンの発砲音だったのだ。

次いでプレナリェルは、メルセデスが見守るなか懐から手榴弾を取り出した。


「お次はこれですよぉ。……喰らえっ!」


ピンを抜いて放り投げる。

倒壊した家屋に隠れていたゾンビが、ちゅどんと家ごと吹き飛んだ。

こんな威力、通常の手榴弾ではあり得ない。

何倍もの爆破力だ。

これは手榴弾に詰まった火薬に、エルフの魔力が混ぜられている為である。

もちろんサブマシンガンの弾にも魔力が込められている。


メルセデスは驚きに目を丸くした。

弓矢を投げ捨て、慌ててプレナリェルに駆け寄る。


「ちょっと、ちょっと! プレナリェルちゃん、その武器は一体なんなの⁉︎」

「あ、メルセデスさん。これですか?」


プレナリェルが、ひょいとサブマシンガンを持ち上げた。

他にも腰にピストルをぶら下げている。

更にはなんか軍用っぽいナイフや、催涙弾みたいなものまで持っている始末。


「向こうに落ちてたんですよー。メルセデスさん、これ知ってます? マシンガンって言うんですよ? いやぁ実物を撃ったのは初めてでしたけど、これはかなり良いものですねぇ。こんなの知っちゃうと、もう弓矢には戻れません」


プレナリェルは以前、風太郎についてゲームセンターに行ったことがある。

そこでガンアクションを楽しんだ。

実はその後もプレナリェルは、風太郎にお小遣いをせびっては、ちょこちょことゲーセン通いしていたのである。

お気に入りのゲームはハウス・オブ・ザ・デッド。

銃器のふわっとした概念は、そこで学習済みという訳だ。


メルセデスがジタバタして羨ましがる。


「いいなぁ、いいなぁ! ね、プレナリェルちゃん。お姉さんにもそれ、ちょっと撃たせてくれないかしら?」

「いいですよー。はいどうぞ」


プレナリェルはサブマシンガンを手渡して、簡単に扱い方を説明する。


「わかったわ! こうやって、こうね?」

「そうそう。上手です。でも銃口をこっちに向けないで下さいねー」


ちょうど折よく現れたゾンビに向かって、メルセデスは嬉々としてトリガーを引いた。


――タタタタッ!

――タタタタタタタタッ!


ゾンビはあっという間に蜂の巣になった。

それどころか穴だらけになって吹き飛んでいき、そこらの壁にぶつかって爆散した。

メルセデスがはしゃぐ。


「わぁっ、わぁっ! これ面白いわねぇ! こう、弾が撃ち出される度に、小刻みに振動が伝わってきて……。はぁぁ、お姉さん、なんだかすごく気持ちよくなっちゃう……」


うっとり頬を上気させて微笑んでいる。

艶っぽい。

エルフの扱う銃火器はどれも変だ。

サブマシンガンなんかマシンガンのくせに弾丸一発一発がもの凄い貫通力だし、最後には爆発した。

これもまたエルフの魔力の成せる技である。


メルセデスとプレナリェルのやり取りに気付いた他のエルフたちが、遠くから集まってくる。


「なに、なに? 何してんの?」

「二人だけで面白そうなことしちゃってー」

「もうっ、ダメですよ」

「ちゃんと私たちも混ぜて下さい!」

「そーだ、そーだ」


プレナリェルが応える。


「いま、メルセデスさんにマシンガンの使い方を教えてたんですよぉ。あ、そうだ。みんなも使ってみます? マシンガンならあっちの方にまだまだ落ちてたんで、拾いに行きましょうー」


エルフたちはぞろぞろと連れ立って歩く。

しばらくすると、壊滅した自衛隊の拠点が見えてきた。

エルフたちは拠点をガサゴソと漁り、銃火器を強奪していく。


「えへへ。いっぱいありましたねぇ」

「大量、大量」

「ねぇ、プレナリェル。これはどうやって使うのかしら?」

「うーん、分かりません。適当に使ってみると良いですよー」


弓から銃器へと装備を改めたエルフたち。

彼女らは銘々気に入った銃をゾンビに向けて試射したりして、遊んでいる。

楽しそうだ。


「じゃあ装備も一新したところで、ゾンビ退治を再開しましょうか」

「ん、負けない」

「一番たくさんお肉をゲットするのは、私よぉ」


エルフたちが散開していく。

すぐにそこかしこで数え切れないほどの発砲音が響き渡るのであった。




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