第16話 角兎調理と場末の酒飲み

エルフたちは早速ツリーハウス建築を開始した。


エルフは身軽だ。

それに華奢な身体に似合わずパワフル。

手早く足場を組み上げては、御神木を高く高く登っていく。


建材はというと、その辺りの木から生材を切り出していた。

それを不思議な力で乾燥させる。


あっという間に樹上にツリーハウスの基礎が出来上がった。

手際がすごく良い。

これは本職の大工も舌を巻くのではなかろうか。

エルフたち7人は息もぴったりだ。


うーむ。

なんか、エルフたちのことは放っておいても大丈夫そうだなぁ。


とはいえ俺は、彼女らに家を建ててやると見栄を張った身である。


ただ見ているだけでは少し心苦しい。

なので申し出てみた。


なぁ、俺も手伝おうか?


「あはは、大丈夫ですよー。こう見えて私たち、大工仕事は慣れているんです。里でもお家は自分たちで建てたり直したりしてましたし」


俺の出る幕はなかった。

逆に提案を受ける。


「それよりフウタローさんも御神木に家を建てるんですよね。お手伝いしましょうか? まぁこちらの作業が落ち着いてからですけど」


あ、そう?

助かるよ。

お言葉に甘えて、手伝ってもらおう。



俺はエルフたちのツリーハウス建築が一段落するまで、大人しく待つことにした。


この間にやりたいこともある。

それはファンタジー異世界から持ち帰った角兎ホーンラビット(本物)の調理である。


角兎の肉はすでに血抜きも解体も済ませてあった。

というかお願いしたらエルフたちがやってくれた。

エルフさまさまである。


角兎の肉をまな板に置く。


見た目はピンク色で、普通のうさぎ肉とあまり変わらない。

ただ手触りなんかは全然違う。

弾力が凄い。

押すと指をぐにぐにと押し返してくる。


これは角兎が筋肉質なせいだろうか。

まぁ、凶暴だったしな。

ともかく噛み切るのが大変そうだ。


匂いも相当キツい。

さすがはファンタジー食材。

というか魔物肉。

野趣に溢れている。


試しに俺は、いつもの手順でさっと調理してみた。


熱したフライパンに油を引き、もみだれで下味をつけてから肉を乗せる。

焼き具合をみつつ、香草や各種調味料で味を整えていく。


気持ちスパイス多めに。

これは臭み消しの為だ。

こうなると単なる香草焼きというより、香草スパイス焼きと呼んだ方がしっくりくるか。



パチパチと油が弾ける。

嗅覚を刺激するスパイスの香りが、あたりに漂いだした。

その匂いに釣られたのか、姫騎士ヴェルレマリーが厨房に顔を見せた。


「フウタロー、なんだそれは? 美味そうなものを作っているではないか」


ああ、角兎の肉をちょっとな。


「ほほう、私が斬ったアレだな。となるとその肉はもとは私の獲物だ。私にも味見をする権利があるのではないか?」


たしかに、そうだな。

じゃあ後で一緒に試食しようか。


うむうむと満足気に頷いている。


「それはそうとだな。なぁ、フウタロー」


ヴェルレマリーが人差し指と親指で小さな輪っかを作る。

口元で、くいっくいっとしてみせた。


これはアレか?

日本酒をせがむポーズか?

こういう仕草って、世界共通なんだなぁ。


実はこの姫騎士には昨日、日本酒を与えていた。

現地の酒を味わいたいとか言い始めたからだ。


「昨日の酒は実に美味だった。またアレを飲ませろ」


へいへい。

というか何か?

ヴェルレマリーには一升瓶を丸まま渡したんだが、まさかもう全部飲んでしまったのだろうか。


……飲んでしまったらしい。


まったく大した酒豪っぷりである。

俺は苦笑いしながら、純米大吟醸『東洋美人』を取り出した。

甘くて美味い酒だ。

さきいかと一緒に渡す。


「ほら、持ってけ」

「うむ、かたじけない! これだ、これ」


ヴェルレマリーは嬉しそうに足取りを弾ませながら、バーカウンターに向かう。

すみっこで一杯やり始めた。


「ぷはぁ、美味いー」


コップに大胆に注いだ酒を煽り、さきいかをもしゃもしゃしている。


まるで場末の居酒屋のオヤジだ。

その姿が妙にしっくりきていて、なんだか愉快な気持ちになる。


ったく。

ここはファンタジー冒険者酒場だってのになぁ。

ふふふ。

俺は笑いながら角兎の調理に戻った。

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