第47話 謎の美人コスプレイヤー

「ファンタジー異世界に送ってくれじゃと? なぜ妾が貴様の頼みを聞かねば――」


アリスマギアが無言でハリセンを具現化した。

ニニチは反射的に頭を庇う。


「――お、お姉様、待って! 待ってください! 妾、いま魔力貯蔵器マナタンクの残量すっからかんだから、転移陣の調整なんてすぐには無理なんですぅ」


ニニチが言うには、先だってゾンビに殺されたT市の人々を復元させた際にパワーを使い過ぎたとのこと。

その回復には時を要する。

そして転移陣の調整には魔力だか神通力だかのパワーが要るそうで、回復するまで対応するのは無理らしい。


……そういう事情なら仕方がない。

なんたってT市の住民を助けてくれって頼んだのは、他ならぬ俺だしな。


でもあれだろ?

すぐには無理ってことは、裏を返せばいずれは可能になるってことだろ?

大体どれくらい待てばいいんだ?


「数ヶ月というところじゃろ」


ふぅん、案外早いんだな。

もっと何百年とか言われると思ったわ。

だが、それなら待とう。

だから是非ともよろしくお願いします。


「なして妾が貴様の為に――っは⁉︎ ち、違うんです、お姉様! ……う、うぐぐ、し、仕方あるまい。分かったのじゃ」


ニニチはハリセンに怯えつつ、不承不承ふしょうぶしょうにそう約束してくれた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


その日、俺はウチの敷地を適当に散歩していた。


今日の天気はカラッと快晴。

湿っぽかった梅雨もようやく過ぎ去り、季節はもう初夏だ。


青空には大きな入道雲が現れはじめ、このところ日中は汗ばむ陽気が続いている。


おや?

あれは――


少し先の木陰で、茉莉花まつりかちゃんが休んでいた。

地面にビニールシートを敷いて座り、水筒からお茶を汲んで飲んでいる。


俺は近くまで寄っていってから、声を掛ける。

よお、茉莉花ちゃん。


「あ、風太郎さん。こんにちは、良い天気ですねぇ」


ああ、そうだな。

ところでこんな場所でどうしたんだ?


「さっきまで獣人寮――冒険者の宿の最終設計をしてたんですけど、ちょっと頭が煮詰まってきたので休憩してました」


そうか、そうか。

あんまり根を詰めすぎないようにな。

ところで随分と熱心にスマホを眺めていたみたいだけど、何を見ていたんだ?


「え? ああ、これです」


茉莉花ちゃんがスマホの画面を見せてきた。

そこには見知らぬコスプレイヤーさんのコスプレ写真が、ずらりと表示されている。

これまた随分な美人だな。

誰だこれ?


「えっと、風太郎さん、覚えてます? 以前、踊る子兎亭が完成した際の打ち上げで、私、ウサギ獣人さんのコスプレをしたじゃないですか」


覚えてる、覚えてる!

忘れるわけがない。

だってアレ、めちゃくちゃ可愛くて似合ってたもんなぁ。


「ふふふ、ありがとうございます。あれから私、なんだかコスプレにハマっちゃって……。それで実はこの写真、全部私の――」


ふぅん、コスプレにハマったのか。

あ、わかった。

この写真、茉莉花ちゃんがコスプレイベントに参加して撮ってきたんだろ。

さては推しが見つかったんだな?


「え? ち、違――」


俺は食い入るようにスマホ画面を眺めた。

改めてじっくり見てみると、このコスプレイヤーさん、とんでもない美人だぞ。


これはオバロのアルベドか。

こっちはリゼロのレム。

ファンタジー系のコスプレが多くて、俺と好みが合いそうだ。

そしてどれもものすごく良く似合っている。

めっちゃ綺麗だな!


加えて言わせてもらえば、衣装も高品質ハイクオリティだ。

見応えがある。

おそらく手縫いかと思われるそれは、細部まで丁寧に作り込まれており、製作者の熱意が見て取れる。


……でも、ちょっと待てよ?

なんか変だ。

俺はわずかに違和感を覚えた。

なんかこう、この見知らぬ美人コスプレイヤーさん、どこかで会ったことがあるような、ないような……。


俺はスマホ画面から目を離し、茉莉花ちゃんを眺めた。

茉莉花ちゃんは頬を赤くして、もじもじしていた。

目が合うと、さっと顔を逸らす。


「ふ、風太郎さん……ちょ、ちょっと、そんなにじっくりと見ないでください。それにさっきから褒めすぎですよぉ。私、恥ずかしいです……」


いやいや、何で茉莉花ちゃんが恥ずかしがるんだ?

俺が褒めてるのはこの美人コスプレイヤーさんだぞ。


というか、同じレイヤーさんの写真ばかりこんなたくさん撮ってきたからには、茉莉花ちゃんはこの人のファンなんだろう?

だったら褒めなきゃ。

恥ずかしがらずに、推しは褒めちぎっていこうぜ。


俺は感じたままに言うぞ。

このコスプレイヤーさん、めちゃくちゃ綺麗だ!

美人だ!

それにコスプレも最高に似合ってる!


俺が熱弁すると、なぜか茉莉花ちゃんの頬がさらに赤くなった。

手うちわで顔を扇いでいる。

茉莉花ちゃんはあらぬ方向に視線を向け、誤魔化すみたいに呟く。


「あー、暑い、暑い! 今日は本当に暑いですねー。猛暑ですっ。こ、このままだと熱中症になっちゃいますし、休憩終わりです!」


って、いくらなんでもそこまで暑くはないだろ。

もう少し休憩していっても良いんじゃないか?

もっと他の写真も見せてくれよ。


「ダ、ダメですっ、休憩は終わりです! 写真はまた今度! また今度お見せしますね! あー、暑い、暑い」


茹でダコみたいになった茉莉花ちゃんは、そう言い残すとビニールシートを回収するのも忘れて、そそくさとその場から立ち去った。

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