第5話
咄嗟の行動だった。考えて動いたわけでもない。
今ここで逃げたところでグルコーザはこの土地を任された正式な貴族。
ガーランドの冒険者と名乗った時点で逃げ場などなく、捕まってしまうだろう。
――やってしまった! もう言い訳の聞かないくらいの反抗だ!
ただそれでも、あのままなにもしなかったらきっと後悔していた。
だから今、シリウスは無我夢中でリリーナを抱えたまま全力で走る。
「あ、あのシリウスさん! 私――!」
「大丈夫! きっとなんとかなる!」
なんとかなるはずがない。
頭でそうわかっていても、彼女と自分を安心させるためにそう言い続けた。
背後では騎士たちが追いかけてくる。
怪我のせいでまだ体力が戻っていないシリウスは、すぐに息が切れて距離を縮められていく。
「ハァ、ハァ……! 怪我人で、子どもを抱えたやつ一人簡単に追いつけないんじゃ、ハァ! 大した騎士じゃないね!」
荒れる息をなんとか隠そうと強がりを口にしつつ走っていると、正面に騎士が回り込んできた。
「くっ⁉」
避けることも出来そうになく、足を止める。
一度止まってしまえば、失われた体力はもはや戻ることもなく、対峙するしかなかった。
「おいおい、貴族に逆らうとかお前馬鹿なのか?」
「……」
「まあたしかにグルコーザ様はあんな見た目だし、村の子どもを奴隷にして楽しむような変態だけどよ。気に入られたら贅沢もさせてくれる良い上司だぜ」
騎士が剣を抜きながら嘲笑する。
背後から追いかけてきた騎士たちも追いついてきて、もはや逃げ場はどこにも無かった。
「もっとも奴隷に対して優しいかって言われると、知らないけどな!」
騎士が斬りかかってくる。
その動きは、C級と冒険者の中でも平均的な強さしかないシリウスから見てもお粗末なものだった。
おそらくまともに鍛錬もしていないのだろう。
「くっ――!」
剣を躱して、思い切りその背中を蹴る。
実際は、鎧の上から足で押したような感じだ。
「うぉ⁉」
ダメージはないだろうが、元より重量のある鎧を着ているせいで、騎士がバランスを崩して地面に転ぶ。
「こい――うっ……」
その拍子に落ちた剣を奪ったシリウスは、リリーナを背から降ろすと騎士たちに向き合う。
先ほどまでの無手とは違い、明確な凶器を持った相手を前に騎士たちも動きに躊躇が生まれた。
――これなら……。
「……なぁにをやっとる! 相手は一人だろうがぁ! 一斉にかかれぇい!」
馬に乗ってやってきたグルコーザの怒号。
騎士たちはそこで躊躇うということを止め、一斉に飛び出してきた。
もし一対一なら、もしくはシリウスが怪我をせず万全の状態だったらまだ逃げられる可能性があったかもしれない。
しかし結果は――。
「く、そ……」
「シリウスさん⁉」
満足に動ける状態ではなく、取り押さえられてしまう。
そしてリリーナもまた、騎士によって捕まった。
「まったくぅ……なんて馬鹿なやつだぁ」
グルコーザは怒りよりも呆れた様子。
まさかただの冒険者に貴族の自分が邪魔をされるなど思いもしなかったのだ。
「貴族に逆らったのだからぁ、覚悟は出来てるだろうなぁ?」
グルコーザは馬をのしのしと歩かせ、騎士たちに拘束されているシリウスを馬上から見下ろす。
「ワシ自ら、首を刎ねて――」
――ねえ、シリウスさん……。
ふと、シリウスの脳裏に場違いな子どもの声。
辺りを見渡すと、少し離れた森の木々に隠れるように小さな銀髪の少女――ククルがこちらを見ていることに気がついた。
――なんでこんなところに⁉
今のグルコーザたちはなにをするか分からないから逃げろと、そう言いたくなった。
ただ誰も彼女に気付いていない。
そのことにシリウスはただ驚き、戸惑う。
そんな中、これまで人に怯えていたのが嘘のように、彼女の瞳は透き通っていた。
まるで神にすべてを見透かされているような、そんな気分になる。
――リリーナを、守ってあげて。
「え?」
気付けば、まるで最初からいなかったかのようにククルが消えた。
そして同時に、不思議な力がシリウスの身体を覆い始める。
「それじゃぁ……死ねぇ!」
「シリウスさん、逃げてぇぇぇぇ!」
グルコーザの叫びとリリーナの絶叫が村に響く。
シリウスの首に目がけて振り下ろされた剣は、当たった瞬間宙を舞った。
「え?」
驚きの声は誰のものか。
ただ、シリウス本人ですら一瞬呆然としてしまったのだから、その場の想いは全員共通していただろう。
いち早く動けたのはシリウスで、取り押さえられていた騎士ごと持ち上げるように立ち上がる。
ただ、その勢いがあまりにも強すぎて、鎧を着た騎士が一気に振り払われることとなった。
「あ、え、あえぇ?」
まさかの状況に、動揺を隠せないグルコーザ。
騎士たちもまた、ざわめいている。
その隙にリリーナへ向かって駆けだし、捕らえている騎士を鎧ごと殴り飛ばした。
「わっ⁉」
「大丈夫?」
「う、うん……シリウスさん、すごいね」
呆然とするリリーナ。
凄まじい勢いで飛んでいく騎士を無視して、シリウスはリリーナを背に庇う。
その頃には騎士たちもようやく事態を把握して、睨み付けてきた。
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