第24話

 マーサの雑貨屋での出来事が終わってその後。

 先にククルをマリエールへと送り届けようとしたシリウスだが、それは彼女が拒否をした。

 

 ――最後までシリウスさんと一緒にやりたい。


 そう言われてはなにも言えないなと思い、一緒にギルドへ報告へ向かうことに。

 すでに噂は出回っていたらしく、道中でやたらシリウスと、そして天使の正体と思わしきククルが見られていた。




「シリウスさん! 貴方宛……というかククルちゃん宛に今日だけでこんなに依頼が来てるんですけど!」

「えぇ……」


 ギルドでエレンに報告する前に、先にそんなことを言われてしまった。

 どうやら天使のような銀髪美少女が頑張る姿が売り上げアップに繋がることは、商人たちの間で広まり、我先にと依頼が舞い込んでいる状態らしい。


 とはいえ、シリウスはククルに仕事をさせるために同行させていたわけではない。


 あくまでも、彼女が将来やりたいことを見つけるため、そしてそれが出来るために人の縁を作っておこうと思っただけなのだ。

 一先ずその説明をきちんと行い、ククル宛の依頼はいったんすべて断りを入れる。


 そうしないと、選ばなかったところから下手なやっかみを受けかねず、当初の目的が達成できなくなってしまいかねなかった。




 ギルドを出て、マリエールまでの道を歩く。


「うーん……どうしたものかなぁ」

「びっくりした……」

「ね。それだけククルが頑張ったってことなんだけど……」


 やはり周囲の人々の視線はククルに向いている。

 どうやら彼女はたった一度の依頼で、この城塞都市ガーランドで話題の子になってしまったらしい。


「ククルはなにかやりたいこととかある?」

「シリウスさんと一緒なら、なんでもいいよ」

「そっかぁ」


 その言葉自体は正直とても嬉しいことなのだが、いつまでもそういうわけにはいかない。


 彼女には魔術の才能があるため冒険者で名を残すことだって出来る。

 今日みたいに店に立つことも、自分でなにかを作ることだって出来るのだ。


 そして、そうじゃない道だってあるのだから、自分の可能性を狭めないで欲しいと思う。


 ――俺には、出来ないことだったしな。


「とりあえず、明日は少し様子を見よっか」

「うん」


 手を繋ぎながらマリエールまで帰ると、酔っ払った大人たちが相変わらず騒がしくしていた。

 最初の頃は恐る恐るという風に見ていたククルも、この空気にもだいぶ慣れて、今では叫び声が聞こえても平然としたものだ。


「あらぁ。二人ともお帰りなさーい」

「ただいま、マリーちゃん!」


 ククルが嬉しそうに挨拶をすると、マリーは感極まった様子でククルの脇に手を入れて持ち上げた。


「聞いたわよぉ! 大活躍だったらしいじゃないー!」

「わ、わ、わぁー!」


 クルクルと回りながら宿の中を進んでいくと、酒場で盛り上がっていた人たちもククルに気付く。

 そして噂の天使がやってきたぞー! と勝手に盛り上がり始め、店内は明るく騒がしい雰囲気が増していた。


 シリウスはそんな、みんなに囲まれたククルを見て、微笑ましく思う。

 もっとも、いくら慣れたとはいえ大人たちに囲まれて騒がしくされているククルは、その騒がしさに目を回し始めていたが。


「天使の子が来た店には祝福をー!」

「どんなおんぼろ店舗でもー、この子がいたらー、大繁盛ー!」

「「大繁盛!」」


 近くにあった楽器を手に取り演奏を始め、楽器が出来ない人も皿やフォークでリズムに合わせてカチャカチャと。

 歌え踊れの大盛り上がりとなった酒場は、新規の客が増える毎に激しさを増し、最後はテーブルを壊したあたりでマリーによって参加者が締められて宴会は終了。

 

 客たちに揉みくちゃにされたククルはというと、半泣きになりながらシリウスに抱きついて、存分に甘えるのであった。



 翌日。


 さすがに噂に尾ひれが付いて大変なことになっていたため、しばらくククルと街の依頼をするのは止めておくことにした。

 その間に、個別の依頼をやってしまおうと思っていたのだが、そこで予想外にククルが反応する。


「えー! そしたらシリウスさんと一緒にいられないの⁉」

「ほら、今はちょっと騒がしいからさ」

「うぅ、でも……」


 そのことを説明すると、悲しそうな表情で見上げてくる。

 年相応の愛らしい行動にシリウスはつい甘やかそうとしてしまうが、それはじっと耐えた。


「俺もリハビリを兼ねて、ちょっと魔物とかの狩りに行かないといけないしね」


 これもまた事実だ。

 本来ベテランであり、丁寧に素材を集めるシリウスはこの街では重宝されるべき冒険者。

 そんな彼がすでに一ヶ月近くも魔物の狩りをやらずにいると、依頼主たちから不満が溜まっている状態だった。


「じゃあ私もついて行く!」

「それは駄目だよ」

「なんで⁉」

「危ないから」

「うぅ……本気を出せば魔物なんて危なくないもん……」


 ククルはそう言いながらも、危なくないなどとは欠片も思っていない様子。


 当たり前だ。彼女がいくら神様から『大賢者の加護』などというとてつもない祝福を受けていようと、五歳の子ども。

 元の年齢である十五歳だと考えても、まだ子どもと言って良い年齢で、しかも戦いの経験などもない。


 元々シリウス一人で十分なところに、そんな素人の女の子が一緒に付いてきても、足手まといにしかならないのだ。


「ほら、帰ってきたらまた美味しいものでも食べよう」

「……約束」

「うん、約束だ」


 そうして、ククルをマリーに預けたシリウスは、ギルドから素材狩りの依頼を受けて、ガーランドの外に出て行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る