第25話

 ガーランドから少し西に行った先にあるカラン平原。

 そこら一帯を縄張りにしているグレイトボアを狩るのが、この日のクエストだ。


 グレイトボアはこの時期、冬眠に向けて食料を集めるため土を漁る傾向にある。

 ミミズや蛇など、地中にいる獲物を探しているため平原ではあちこちに土を漁った跡が残っていた。

 それらを追いかけていくと、自然と彼らの寝床がわかるのである。


「……一人ってこんなに寂しいものだったっけ?」


 C級の冒険者になってからすでに三年。

 ベテランと呼ばれるようになり、この依頼も毎年こなしているため単純作業に近い。

 だからか、考える余裕などもあった。


「前は一心不乱に生きてただけなんだけど」


 生きるために必死で、C級になるまでは日々の蓄えも満足に出来ない状態だった。

 今では将来のためにお金も貯まってきたし、ある程度満足のいく生活を送ることができたと思っていたが――。


「ククルが来てからの方が、全然楽しいな」


 帰ったら何をしてあげよう。

 一緒にどうしよう。

 あの子が将来、色んな選択肢を取れるように頑張らないと。


 そんな、自分のこと以外を考えるのは楽しく、とても未来のあることだと思った。


「さて、早く帰らないと」


 いつもよりもテキパキと動き、グレイトボアの巣を見つけた。

 普段よりも何故かよく動く身体は、余裕を持って群れを倒すことが出来、いつも通り丁寧に皮を剥ぐのであった。


 そして――。


「ただいまー」

「お帰りなさい!」


 夕暮れ前にギルドで精算を終えたシリウスがマリエールの扉を開けると、どん、と小さな身体が抱きついてくる。

 もう離さない、と言わんばかりに力一杯くっついてくる仕草は子どもらしく、よほど寂しかったらしい。


「ただいまククル。良い子にしてた?」

「うん! マリーちゃんと料理もしたよ!」

「そうなんだ」


 カウンターを見ればマリーがウィンクをしてくる。

 どうやら楽しい時間を過ごせたらしい。


 ククルを抱っこしてマリーの近くまで行くと、マリーは優しげな表情で迎えてくれた。


「シリウスちゃん。今日はククルちゃんが作ったのが貴方の晩ご飯よ」


 そう言って、厨房の奥からご飯と卵、それに肉が混ざった見たことのない料理が出てきた。

 

「これは? 見たことないけど……」

「炒飯、ですって。ククルちゃんが小さな身体で必死に作ったんだから、食べないと駄目よぉ」


 単純に、混ぜ合わせただけの料理。

 だがそれも、この子が作ったとなればきっととても美味しいものだろう。


「へぇ。それは楽しみだなぁ」

「……」


 ククルを地面に降ろすと、どうやら少し緊張している様子。

 たとえどんな味がしても、きっと自分は美味しいと言うだろうな、と思いながら口に運ぶ。


「ん……?」

「ぁぅ……」


 一口、二口、食べ始めると手が止まらない。

 単純な料理なはずなのに、米に卵がしっかりと絡み、さらに鳥肉の油も混ざって体力を使った自分の身体に染み渡るようだ。


「これ、凄く美味しいね!」

「本当!」

「うん! 今の俺にぴったりだ!」


 食べる手は止める気にもならず、すぐに全部食べきってしまった。

 もっとないのか、と思ったのが伝わったのだろう。


 ククルが慌てて厨房の方に走り出す。


「ふふ、一人じゃ鍋も持てないのにねぇ」


 ククルの行動に苦笑しながら、マリーがついて行き、シリウスはただその後ろ姿を見送るだけ。

 そうしてしばらくして、追加の炒飯がやってきて――。


「今度は私も一緒に食べる!」

「そうだね」


 二人仲良く、カウンターに並んで食べ始めるのであった。



 翌日。

 マーサの雑貨屋での出来事は、良くも悪くもシリウスとククルの生活を変えることとなった。


「シリウスさん、どうしましょう?」

「そうだね……」


 ギルドの受付でエレンに問いかけられ、シリウスは困った顔をする。


 日に日に増えていく、ククルの指名依頼。

 その内容はシンプルな物で、店番をして欲しいというものがほとんどだ。


 天使の噂はすでにガーランド中に広まっていて、彼女が店に入れば見物客でその日の売り上げは大きく上がる。

 とはいえ、別に実際にそういうことが起きたのはマーサの店だけで、それ以降は依頼を受けないようにしていたのだから噂だけが一人歩きをしているような状態だった。


「これ、一回受けたらずっと来ますよね」

「ええ。もう今の時点で天使は気紛れだとか、だからこそ珍しさがアップする、とか色々と噂が増えていますね……」


 ククルの評価が高くなるのは良いことだ。

 だがそれが実が伴っている内容でないのであれば、それはまた違う。


 ――この噂が終わったときでも、この子がしっかりと生活出来るようにしないといけないし。


 噂に振り回されるくらいなら、一切受けない方がいい。

 そう思ってククルを見ると、彼女は自分の立場をしっかり認識しているようで、渋い顔をしていた。


「私、客寄せパンダはやだ」

「ぱんだ?」

「……とりあえず、こういう依頼はやだ」


 ククルがそう言ってくれるのであれば、シリウスとしても安心して断ることが出来る。


「それじゃあエレンさん。ククルはまだ子どもだし、こういう依頼は全部断って貰っても良いですか?」

「わかりました。とはいえ、これだけ話題になると……」

「ほとぼりが冷めるまでしばらく、街から離れようかな。まだヤムカカンの森の間引き依頼は継続してありますよね?」


 少し離れたところにある、クエストボードに貼られた紙を一枚取る。

 ククルと出会った、ヤムカカンの間引き依頼は冬までしばらく続くので、ついでにやってしまおうという算段だ。


「ワカ村に行くの?」

「そうだね。リリーナにも会えるよ」


 そう言うと、ククルは少し嬉しそうにする。

 年の近い友人と再び会えるのが嬉しいらしい。


「そっか……そしたら冬が来るまで戻ってこないんですね」


 エレンがやや暗い表情をする。

 この街から離れられない彼女からすれば、シリウスが戻ってこないのは嬉しくない情報だ。


 とはいえ、このクエストは正直あまり苦労に対して実入りがあまり良くないため不人気で、シリウスが受けてくれないと困ることになる。


「とりあえず、ずっとククルを連れていくわけにもいかないので、ある程度で一度戻ってくるよ」

「え?」


 その言葉に、今度はククルが驚いたような顔をする。

 今の発言は、途中で自分を置いていくということに他ならないからだ。


「防寒具は用意するけど、冬を村で過ごすのは大変だからね」


 都会である城塞都市ガーランドのであれば、温かい寝床に魔道具などもあり、子どもでも冬を越すのに問題は無い。


 しかしワカ村のようになにもない場所では、相当辛い日々が続く。

 そうなる前に、ククルを連れて帰るつもりだった。


 がーん、とショックを受けている様子だが、こればかりは譲れない。

 先日、マリーのところで留守番も出来たのだから、大丈夫だろうと、シリウスは依頼を受けるのであった。

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