第26話
馬車に揺られて数日。
シリウスたちがワカ村に到着すると、村人たちは歓迎してくれた。
「クックルちゃーん!」
「わぁ⁉」
元気いっぱいに飛びついてきたのは、猫耳の少女リリーナ。
村にいたときからククルのことを特に気にかけてくれていて、今も笑顔満点で迎え入れてくれる。
「シリウスさんも久しぶり! 元気だった?」
「うん。リリーナは……元気そうだね」
「もちろんだよ!」
ブイ、と指を二つ見せて快活に笑う。
それを見て吊られるように笑っていると、奥から村長と村唯一の薬師であるスーリアがやってきた。
「ククル、それじゃあ俺は二人と話してくるから……」
「私も――」
「シリウスさん! ククルと遊んできていい⁉」
「うん。ククルをよろしくね」
「まっかせて! よーし、それじゃあ行こ!」
「え、え、え……⁉」
ククルはそのまま引っ張られるように連れられて行き、シリウスはそれを見送ってからスーリアたちのところへ。
村長宅でしばらく話を聞いていると、どうやら最近ヤムカカンの森が騒がしいらしい。
スーリアも、リリーナがいつもと違って森から奇妙な気配を感じると言っていたのを聞いて、警戒を強めている様子。
「なら、俺が見てきましょうか?」
「だが……」
「大丈夫ですよ。これでも結構冒険者も長いですから、危険がある前に逃げますし」
心配そうにする村長にそう笑いかけると、隣に座るスーリアさんが険しい表情を向けた。
「シリウスや。自分の身よりも人を優先するくせに、アンタどの口でそんなことを言うんだい?」
「えーと……」
「今回だって、無償で受けて良いような話じゃないだろうに……相変わらずだねぇ」
シリウスは自分の心の内を見透かされてしまい、ぐうの音も言えずに黙り込む。
ワカ村の人たちには怪我をしたときに散々お世話になったので、無償で解決しようと思ったことはバレているらしい。
もちろん、村人たちからすれば村を助けてくれたシリウスは恩人で、すでに怪我の世話の分以上に返して貰ったと思っている。
だがグルコーザによって蓄えなどもだいぶ横領されてしまい、アリアの計らいで援助を受けたとはいえ村に余裕があるわけでもない。
シリウスの提案は、村長からすれば喉から手が出るほど受けたいものだが、恩人にただ働きをさせるわけにも……。
そんな村長の板挟みは、スーリアの睨みによって解消される。
「村長。シリウスに頼るならちゃんと謝礼も出す。人として当然のことだよ」
「スーリア婆さん……」
自身よりも一回り年配の最年長であるスーリアにそう言われて、村長も納得する。
とはいえ、危険な任務を依頼するほどの謝礼も出せそうにないのもまた事実。
「とりあえず、間引きついでにちょっとだけ様子を見てきますよ」
「シリウス」
「大丈夫です。無理はしないですし、本当に間引きのついで程度ですから」
本当に危ないなら騎士も呼ばないといけないが、まだ推測では呼ぶに呼べない状況だろう。
――アリアなら気にせず、民のためならって言ってくれそうだけど。
彼女にも立場というものがある。
気になる程度の出来事でいちいち助けていては、いくら人が居ても足りないというものだ。
「シリウスさん、ありがとう」
「すまないね……」
「いえいえ。その代わり、村にいる間はククルのことも気にかけてください」
シリウスはさっそく森に向かうための準備をするため、村長宅から出る。
そして以前借りていた家を再び借りて、考え事をしていた。
――ヤムカカンの森が騒がしい、か。
ククルと出会ったあの森。
もしかしたらあの子になにか関係があるんじゃないか、などと思っているとククルが帰ってくる。
「お帰り」
「ただいまー……リリーナ、元気すぎる……」
そう言いながらふらふらと、まるで花に誘われる虫のようにシリウスに近づいて、抱きついてきた。
彼女の美しい髪からは少し太陽の匂いがして、たくさん遊んだんだなと笑ってしまう。
「うー」
「楽しかった?」
「……うん」
顔を見せず、抱きついたまま頷く。
リリーナのことは以前から友達だと思っていたため、久しぶりに会えて嬉しかったのだろう。
「シリウスさんはお仕事?」
「そうだね。またヤムカカンの森で魔物の間引きだ」
「……私も行きたい」
あの森は魔物がいて危険だし、ククルだってフェルヤンクルたちに襲われて以前酷い目にあった場所だ。
まさかそんなことを言われるとは思っていなかったので、シリウスは驚きながらも首を横に振る。
「ククル、遊びじゃないんだよ?」
「でも……シリウスさん危ないかもしれないし」
「えぇ……いやまあ、たしかに大した強さじゃないけどさ。入り口で間引きをするくらいなら平気だよ」
そう言っても、全然納得してくれそうな雰囲気はない。
さてどうしたものか、と思って悩んでいると、不意に彼女の身体が薄く光る。
「ククル?」
「魔術……ちょっと練習したから試してみる」
その光はゆっくりとシリウスの方へと移り、とても温かいなにかが自分の中に入りこむ。
なんなんだろう? と思っていると
「行っちゃ駄目ならせめて……魔術でシリウスさんを強くしたから」
「強く……へぇ、魔術ってそんなことも出来るんだね」
「うん。加護が教えてくれた」
「そうなんだ」
きっとまじない程度だろう。
子どもらしくてちょっと可愛いな、と思いつつ彼女の頭を撫でてその気持ちに応えることに。
そうして借りた家に布団を敷いて、二人で並んでその夜を越えることにした。
そして翌日――。
ヤムカカンの森に一人で入ったシリウスは、大木に隠れながら事の様子を窺っていた。
「……」
これまでヤムカカンの森で見たこともない巨大な魔物が、ヤンクルの群れを追い回している。
赤く膨れ上がった筋肉。白く痛々しい剛毛の髪。手には大木が握られていて、辺り一帯を一撃で吹き飛ばす膂力。
「なんで……」
――こんなところに、ジャイアントオーガが……。
それは、ガーランドのA級冒険者や騎士たちが複数人以上で相対しなければ勝てない、強力な魔物だった。
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