第27話

 ジャイアントオーガはなにか苛立っているらしく、手に持った大木を振り回しながら周囲の木々に八つ当たりをしている。

 壊れるとすぐ違う大木を手に取り、それを何度も繰り返していた。


「不味いな……」


 森の中枢にいる魔物で、今のシリウスではとても太刀打ち出来る相手ではない。

 そもそも、普通はここまで出てくることはないのだ。


「この間のヤムカカンといい、いったいどうなってるんだ……?」


 明らかに異常事態だった。

 普通ならこのまま一端森に帰り、事情を説明。

 そして村人たちには一時的に避難をしてもらい、騎士を呼びに行って討伐をして貰わなければならない。


「……」


 一瞬、悩む。

 ここはすでに森の入り口付近。つまりワカ村とほぼ隣接している場所だ。


 どういう理由で奥から出てきたのか分からないが、ワカ村の人々は年配も多い。

 逃げ出したところで、追いつかれる可能性も十分あると思った。


 シリウスは、そう思ってしまった。


「いや……駄目だ」


 ここでなんとかジャイアントオーガの注意を引き、森の奥まで走る。

 そんなことを考えてみたが、あの巨体から逃げ切れる自信もなければ、C級でしかないシリウスが勝てるはずもない。

 奥から出てきた理由が判明しない以上、捕まって無駄死にするだけは避けなければならなかった。


「一度村に帰ろう」 


 帰って、村長たちには街まで避難してもらうしかない。

 そう判断したシリウスは、ジャイアントオーガに見つからないようにそっと動く。


「っ――」


 パキン、と小さな音が響いた。

 地面に落ちた小枝を踏んでしまったのだ。


 ――やばい!


 最悪なのは、丁度暴れているジャイアントオーガが手を止めた瞬間だったこと。

 先ほどまでであれば風に流れて消えてしまうようなか細い音なのに、はっきりと森に響いてしまったのだ。


「ガァァァァァァァ!」

「っ――!」


 ジャイアントオーガがシリウスの存在に気づき、襲いかかってきた。

 凄いスピードだ。まだ距離はあったはずなのに、あっという間に距離を詰めてくる。


 慌てて逃げようとするシリウスが背を向ける頃には、大木が届く位置に来ていて――。


 ――こんなの、逃げ切れるわけがない!


 咄嗟に横に飛ぶと、先ほどまでいた位置に大木が振り下ろされる。


 間一髪! 生き残った!

 そんなことを考えている暇はなく、すぐに次の攻撃が飛んでくる。


「この!」


 それもなんとか躱すと、シリウスはジャイアントオーガから少し距離を取って剣を抜く。

 所詮C級が買うような安い剣だ。

 赤い肌に覆われた筋肉を切り裂けるほどの力はないだろう。


 ――怯んで森の奥に帰ってくれれば良し。だけど……。


 反撃されて激高してしまえば最後、自分の命はないだろう。

 シリウスは集中し、息を大きく吐く。


「行くぞ!」


 一歩、全力で不意込んだ。


「え?」


 その瞬間、凄まじい勢いで自分の身体がジャイアントオーガに向かって飛んでいく。

 まるで城塞都市の防衛などに使われる大砲のような勢い。


 自分の意志では止められないそれは、一気にジャイアントオーガにぶつかると――。


「……え?」


 当たり前だが、シリウスは普通の人間だ。

 魔力で身体を強化できる騎士であれば、もしかしたら魔物にも負けない身体になれるのかもしれないが、シリウスには無理。

 なのに、ジャイアントオーガはシリウスに突進を喰らったと思うと、そのまま木々を吹き飛ばしながら飛んでいった。


「これって……」


 こけてしまったので立ち上がるが、身体に傷らしい傷などない。

 見ればジャイアントオーガは怒りの形相で迫ってくる。


 剣を構え、迎え撃つ。

 そして、すれ違いざまに剣を振る。


「あ……」


 あっさりと、自分でも信じられないほど簡単に、ジャイアントオーガを両断してしまった。

 

 地面に崩れ落ちるジャイアントオーガ。

 呆然と、それを見下ろすシリウス。


「は、ははは……」


 自分の力でないことは明白だ。

 だとしたらこれは……。


 ――行っちゃ駄目ならせめて……魔術でシリウスさんを強くしたから。


「ククル、凄いなぁ」


 魔術のことを知らないシリウスだが、これがどれほどとんでもないことなのかは理解出来た。

 なにせC級の冒険者であるシリウスが、単独でA級の魔物であるジャイアントオーガを退治してしまったのだ。


 もしこれが魔術の当たり前なら、この国の人間は一生魔物に苦労することはないだろう。


「なるほど……アリアがあれだけ注意してくるのも納得だ」


 もしククルの存在が国にバレたら、間違いなく連れ去ろうとするに違いない。

 自分程度でこれなのだ。


 他国に恐れられている王国最強の十二騎士――ラウンズを本気で強化すれば、一人で城さえ落とせてしまうほどの強化魔術。

 

 当たり前だが、国が他国を圧倒できる力を持ったとき、その力を使わないことはあり得ない。

 なにせ絶対に勝てる戦争なのだ。


 仕掛けて交渉するのも良し、純粋に力で侵略するのも良し。

 どちらにしても、この国にとってはいいことだろう。


「でもそれは……ククルにとって良いことかどうかは――」


 シリウスはお人好しと呼ばれているが、決して不戦論者というわけではないのだ。

 それなら冒険者にもなっていない。


 もしククルがこの国のために力を使いたいというのなら、止めることもしないつもりだった。

 だがそれは少なくとも、この国のことをもっと知ってからだ。


「……うん。本人にはまた話すけど、とりあえず今はせっかくククルが守ってくれているんだからもっと調査をしてみよう」


 ジャイアントオーガは倒した。

 だが実際に森の奥から出てきたのだとしたら、また同じように他の魔物も出てくるかもしれない。


 シリウスはこれまで踏み込んだことのない、森の奥へと進んでいく。

 もしなにかあれば逃げて村に報告する、と心に決めて調査をしていると、再びジャイアントオーガ。


 今度は逃げず、背後から斬りかかる。

 普通であれば絶対に倒せない魔物だが、今は紙を切るよりあっさりその肉体を切り裂いてしまった。


「はぁ……なんだか自分が自分じゃないみたいだ……」


 とりあえず、この力が一回だけの力でないことに安堵する。


 そしてシリウスは奥に、奥に……。

 道中で強い魔物たちを倒しながら歩いていると、大きな洞窟を見つけた。

 

「魔物が……死んでる?」


 驚くべき事に、洞窟の入り口には魔物たちが死体となって並んでいる。

 どれもこれも、普通のシリウスなら軽く捻られてしまうような凶悪な魔物たちだが、どうやらここで争い、そして何者かに殺されてたらしい。


「……これ以上は、駄目だよな」


 シリウスは一度、村に戻ることを決意する。

 明らかな異常で、いくらククルの力が合っても安全とは思えなかったのだ。


「……」


 洞窟に背を向けて、一度だけ振り向く。

 中になにかの気配は感じないが、もしあれが森から村に出てきたら……。


「みんなを一度、避難させないと」


 ワカ村に戻り、そしてアリアに頼んで騎士団の派遣をしよう。

 そう思って、シリウスは森から村へと歩いて行った。

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