第28話

 ワカ村に戻ってきたシリウスは今、困っていた。

 事態は逼迫していたため、村長に頼んで急ぎ村の顔役を全員集まって貰い、事情を説明したのだが――。


「どうしても駄目ですか?」

「うむ……お主がわしらのために言ってくれてるのは分かるが、村を離れればもうこの村は死んでしまう」


 村ごと避難を要請したシリウスの言葉に対して、スーリアの返事がこれだった。

 そしてこれは、村人の総意でもある。


 小さな村というのは、ちょっとしたことで潰れかねないものだ。

 村人たちが日々、たった一日もサボることなく維持し続けるからこそ成り立っている。


「若い男もほとんどいない小さな村だ。仮に今ここで逃げ出してしまえば、もう二度とワカ村を今と同じような状況に戻すことは出来んじゃろう」

「それはわかりますが……」

「騎士団を要請してくれているのだろう? であれば我らはそれまで残ろう」


 それも一つの選択ではある。

 あの森の奥にいたであろう怪物が、この村までやってくるとは限らないからだ。


 だがあの惨状を見る限り、奥にいたジャイアントオーガが入り口付近までいたのはあの魔物のせいなのは間違いない。


 逃げてきた魔物は、自分より弱い獲物を狙う。

 ともなれば、この村が狙われるのも時間の問題だった。


「……わかりました」

「すまんねぇ。もし魔物がこの村を滅ぼしたら、それはそれで天命だったと皆諦めるさ」

「そしたら騎士団が来るまでの間、俺もこの村に残ります」


 シリウスの言葉に、この場にいた村の重鎮たちは目を丸くして彼を見る。

 守る、と言ってもシリウスの言葉が本当であれば、ヤムカカンの奥にいる凶悪な魔物たちが村を襲うということ。


 C級冒険者である彼がいても、大した戦力にはならないだろう。


「大丈夫です。これでも俺、結構やりますから」

「アンタ……」

「それに、村の近くに来る魔物だったら、俺でもなんとかなりますから」


 もっとも、それは通常時の話。

 森の入り口付近にいる魔物は確かに弱くシリウスでもなんとかなるが、奥から来た魔物は無理だ。

 それは本人もわかっているが、だからと言って見殺しには出来そうにはなかった。


「それじゃあ、ちょっと手紙を書いてきますね」


 村長宅を出て、シリウスは借りている家に戻ると、ククルが地面に文字を書いていた。


「あ、シリウスさん! お帰りなさい!」

「うん、ただいまククル」


 ククルはシリウスが無事に帰ってきたことで安心した顔を見せる。

 しかしすぐに、彼の表情が強ばっていることに気がついた。


「どうしたの?」

「……実はね――」


 シリウスは森であった出来事をククルに話す。

 もちろん、彼女のおかげで怪我無く戻って来れたことも含めて。


「おまじない、上手くいってよかった」


 死ぬような目にあっていたシリウスを助けることが出来たククルは、心の底からホッとする。

 この世界にやってきて、誰よりも信頼出来る人なのだ。

 もしいなくなってしまったら、一人でこの世界を生きられる自信も無かった。


「本当にありがとう」

「ううん。私がシリウスさんにして貰ったことに比べたら大したことないよ。それで……」


 ククルが少し言いよどむ。

 森の状況を聞いた彼女は、逃げるべきだと考えていたのだ。

 だがそれを、この父が聞いてくれるはずがないのも分かっていた。


「俺は村に残るよ」

「……シリウスさんはそう言うよね」

「うん。だって、このままにはしてられないからね」


 まっすぐと、当たり前にそう言うシリウスを説得しようとは思わない。

 ここで逃げることを選ぶような人であれば、ククルは今ここにいないのだから。


「ククルは商人が来たら一度街に――」

「それなら、皆が死なないように私が守る!」

「えぇ……」


 まさかの返事にシリウスは困った声を上げてしまう。

 ククルが凄い力を持っているのはもちろん知っているし、それを宛にしていないと言えば嘘になる。


 だがそれとこの村に残ることはまた別問題だ。


「あのねククル。この村にいたら危ないんだよ」

「それはシリウスさんも一緒だもん」

「俺は冒険者だから……」


 そう言った瞬間、ククルは自分の冒険者カードを見せる。


「私も冒険者!」

「そうだけど……そうなんだけど……」


 困った、とシリウスは思う。

 自分一人の身すら守れないのに、彼女を危険な場所に残すことにどうしても納得できそうになかったのだ。 

 

 だがしかし、実際のところククルがこの村にいれば、強い魔物がやってきたときに助けになるのも間違いない。

 あの強化魔術がいつ解けるか分からず、もし騎士団がやってくる前に効果が切れてしまえば、シリウスでは魔物に太刀打ち出来ないからだ。


「大丈夫! いざとなったら隠れるから!」

「う、うぅ……」


 危険な目に合わせたくないという気持ちが強く、しかしそれでも――。


「……わかった」

「本当⁉」

「うん。一緒に、この村を守るの助けてくれるかな?」


 シリウスの言葉に、ククルは満面の笑みで頷くのであった。

 

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