第29話

 ヤムカカンの森の異常事態に対して、シリウスたちがやるべきことはワカ村を守ることだ。

 森の調査も必要ではあるのだが、現状そこまで手を回すことが出来る状況ではなかった。


「せめて、アリアが来てくれたら話は変わるんだけど」


 エルバルド王国最強の円卓騎士――ラウンズ。

 一騎当千と謳われる、騎士の中の騎士である彼女がいれば、森の調査もそこまで苦労はしないはずだと思った。


 とはいえ、王国の切り札とも言える存在は、簡単に身動きは取れないものだ。

 前回は貴族が相手だったが故に出てきてくれたが、本来は一冒険者でしかないシリウスが呼び出していいような相手ではない。

 

「手紙は出したし、アリアならきっと助けてくれる。だから騎士団が派遣されてくるまで、俺たちがしっかり守り切らないと」

「あの人の場合、自分が来そうだけどね」

「ははは、そうしてくれたら心強いけど、アリアはラウンズで侯爵令嬢だからね。簡単には動けないよ」


 そうかなぁ、と若干疑っているククルだが、一先ずそれは置いておく。


「とにかく、魔物がこの村に近づかないようにしないといけないから、俺はまた森の入り口で警戒しながら間引きしていくよ」


 魔物というのは、強い相手に敏感だ。

 入り口より少し奥くらいの場所に死体を並べれば、、奥に引っ込むかもしれない。

 とはいえ、その程度で解決するなら危険な魔物たちが奥から出てくるはずもないので、シリウスも期待はしていなかったが。


「シリウスさん……」

「そんなに心配そうな顔しなくても大丈夫。ククルのおまじないもあるからね」


 それに今回は、そんなに長く森にいるつもりも無かった。

 シリウスがいないうちに、弱い魔物がワカ村に行ってしまうかもしれないからだ。


「じゃあ、行ってくる」

「うん。私も出来ることしておくね」


 そうしてシリウスは再びヤムカカンの森に入る。

 前回来たときと同様の雰囲気だが、ジャイアントオーガはいなかった。


 代わりに数匹のフェルヤンクルと、ヤンクルが群れになって集まっている。

 木々の隙間からそれを見たシリウスは、額から一滴の汗を流した。


「やっぱり、魔物たちも今の状況を警戒してるみたいだな……」


 本来フェルヤンクルももっと森の奥にいるべき魔物だ。

 それがこんなに近くまでいるとなると、森から出て村を襲うのも時間の問題だろう。


「……大丈夫」

 

 シリウスは緊張して震える自分の手を見て、一度握り込む。

 自覚をしてみれば、たしかに自分の身体にとてつもない力が宿っているのがわかった。

 ククルの魔術が効いているのだ。


「大丈夫」


 もう一度自分に言い聞かせながら顔を上げて、フェルヤンクルたちを見る。

 これまでであれば、餌になってしまうような危険地帯だが……。


「行くぞ!」


 地面を強く踏み、一気に飛び出す。

 前回はその力に振り回されていたが、今日は違う。


『――⁉』


 魔物の群れがこちらに気付いた。

 だが遅い。


 ヤンクルは無視して、この群れのボスであるフェルヤンクルに斬りかかる。

 以前は鋼のように硬く、剣も通らなかったその身体も、まるで水を斬るがごとくあっさりと斬り裂けた。


「いける!」


 断末魔が木々に響く中、シリウスはすぐに返す刃でもう一体のフェルヤンクルを斬る。

 ボスがやられ困惑しているヤンクルたちを睨むと、警戒した様子だがまだ逃げる様子はなかった。


 ――良かった。


 これで一目散に逃げられる方が不味いと思っていたので、ホッとする。

 群れの指揮を執るフェルヤンクルを先に倒したのが功を成したのだ。


 どうするべきか悩んでいるヤンクルたちに向かい、シリウスは迫る。

 ベテラン冒険者である彼にとって、たとえ数が多くとも自分より弱い魔物を相手にするのはそう難しいことではなかった。


 そして、返り血を拭いてからしばらく森を散策し、見つけ次第魔物は倒してその場に捨て置く。

 血の匂いに敏感な魔物にとって、この辺りにいたら殺すぞと警告したのだ。


 同時に、餌として置いておくことで村まで出てくる必要性を無くしておくのが目的だった。


「ふぅ……一先ずこれくらいでいいか」


 日没が近くなったので、シリウスは森を抜ける。


「……は?」


 そして、あり得ない光景を目の当たりにした。

 ワカ村があった場所に、巨大な壁が出来上がっていたのだ。


「ワカ村は? じゃなくてあれってまさか……?」


 思わず駆け足でそちらに向かうと、おおよそ五メートルほどの、巨大な壁がワカ村のあった場所にぐるりと建てられている。


 規模は小さいが、城塞都市の城壁のような状態。

 これならヤムカカンの森から魔物が出てきても、防いでしまうだろう。


「あった」


 丁度森と反対方向に、人の通れる入り口が存在した。

 どうやらまだ入り口は完成前らしく開きっぱなしであるが、それでもこれまでと比べれば防御力も段違いな城壁。


 ただ、森に行くときはなかったそれを見て、シリウスは一つのことに思い当たる。


「これやったの、多分ククル、だよな?」


 一先ず中に入ると、村人の男たちが慌ただしく動き回っていた。

 そのうちの一人がシリウスに気付いて、近寄ってくる。


「あ、シリウスさん! ククル様がお待ちしてますよ!」

「え、あ……はい?」


 ――ククル、様?


 その言葉を聞いて、シリウスは少しだけ嫌な予感がするのであった。

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