第30話

 ククルは村長宅にいると聞いて中に入ると、村長、スーリアがいて、ククルはそこで毛布に包まって寝ている。


「ただいま戻りました」

「おお、シリウスか。よく戻った」

「はい、ところで……あの城壁はいったい」

「この子じゃよ……」


 スーリアは床で寝ているククルを指さすと、その頭を優しく撫でる。


「やっぱり……」

「この子は本当に、神様が遣わした天使なのかもしれんなぁ」


 そう遠い目をしながら、スーリアと村長は昼間にあったことを語り始める。


 シリウスが出て行った後、村人たちは各自が自分に出来ることをやり始めた。

 男は武器になりそうな物を集め、女は食料や道具の手入れを。


 普段農業をしている男たちが出来ない分負担もあったが、そこは農家の女たち。

 みな逞しく、村を守るためならと誰も文句は言わずに動いていた。


 そんなとき、ククルがスーリアの家にやってくる。

 彼女は最初、なにかを言いたげにしていて、しかし上手く言い出せなかったらしい。


 しかし一緒にやってきたリリーナに背を押され、一言。


 ――私がこの村を守ります。


 そう言うと村の外まで出て行き、地面に手を当てると凄まじい地響きがなり、大地が盛り上がって今の形になったという。


「力を使いすぎたのかもね。それ以来ずっとここで眠っておる」

「そうでしたか……」

「長く生きてきたが、こんな奇跡を見たのは……お主の大怪我を治療したとき以来じゃな」


 結局、どちらもこの子の仕業だ。とスーリアさんは優しげな笑みを浮かべた。


「なんにせよ、これなら魔物が森からやってきても平気じゃろう」

「はい。村に入るときに少し見て回りましたが、相当頑強な壁みたいですし、ヤムカカンの森には飛べる魔物はいないはずなので」


 高さはともかく、分厚さを考えればガーランドの城壁に匹敵する堅牢さはあるだろう。

 たとえジャイアントオーガがやってきても崩すことなど出来るとは思えなかった。


「だから、お主も危険を冒して森に行かんでもいいんじゃぞ」

「え?」

「この子もそれを望んでおるんだろうからな」


 その言葉に、シリウスは寝ているククルに視線を向ける。

 むにゃむにゃと口元を緩ませて、良い夢を見ているようだ。


「……」


 これがどれだけとんでもない力がなのか、長年冒険者をしていたシリウスはよくわかる。

 なにせ城壁だ。


 ククルが軍に所属していれば、自国に城塞都市を生み出すことも、そして他国へ侵略しようとすることも自由自在になってしまう。

 いつでもどこでも軍隊を入れることのできる『砦』を作れるという、あまりにも強すぎる力。


「俺はこの子の力を、どうしてやるべきなんでしょうか?」

「さてね。それはアンタが決めることじゃないよ。ただ言えることは、この子のおかげで私たちの村は平和でいられるってことだ」

「……そうですね」


 たとえシリウスが魔術で強化されていても、村にまで魔物が襲ってきたら被害は大きかっただろう。

 出来る出来ないは別として、今回のククルのやったことは、誰一人被害を出さない最良の方法なのは間違いない。


 同時に、これほど大きな力を使ってしまえば、もう見逃されることも出来ないのではないかと不安に思う。


「……アンタも森に行って疲れただろう? 色々と聞くのは明日にするから、今日はもうお休み」

「そうさせてもらいます」


 シリウスは寝ているククルを抱っこする。


「こんな小さな身体なのに」


 自分が一人になり、そして冒険者になったときよりもさらに小さい。

 それでいて、村を覆う城壁を生み出してしまう力を持っている。


「……どうしたらいいかなぁ」


 村が襲われる懸念はなくなったが、その代わり別の問題が浮き彫りになってきた。

 とりあえず、明日ククルが起きたら話をしようと決めて、シリウスは自分たちが住んでいる家に戻るのであった。



 翌朝。

 シリウスが目覚めると、ククルを抱きしめていた。

 子ども特有の体温というのは実に心地よく、昨日の疲れもあってしばらくこのままで――。


「お、起きたなら離してー」

「あ、ごめん」


 シリウスに抱きしめられて身動きが取れなかったため、されるがままになっていただけで、起きていたらしい。

 腕を放すと彼女は小動物のような動きで離れて、布団から出てしまった。


「……おはようシリウスさん。怪我とかはしてない?」

「うん。ククルのおかげで大丈夫だよ」


 そう言うと彼女はホッとしたように笑う。

 最初に出会ったときは常におどおどとしていた彼女だが、ここ最近はよく笑うようになった。


「……」

「シリウスさん?」

「なんでもないよ。とりあえず朝食にしよっか」


 そうして一緒に朝食を取りながら、今後のことについて話し合う。


「え、じゃあまた森に行くの?」

「ククルのおかげで村の心配がなくなったからね。出来る調査はしておかないと」


 森で何度か戦った結果、ククルから与えられた魔術の感覚はおおよそ掴めた。

 この辺りは、才能よりも地道にやってきた成果とも言えよう。


 少なくとも一度使って貰えば一日保つというのもわかっているので、無茶をしなくとも森を散策は出来るのだ。


「でも、危ないよ……シリウスさんが無理してやらなくても、騎士の人が来てくれるんだから任せちゃえば……」

「普段ならともかく、今はククルの魔術があるからさ。少しだけ、頑張ろうかなって」


 心配してくれるククルに笑顔を見せる。

 本人が言うように、普段であれば命あっての物種で、こんな無茶はしない。

 だがしかし、それでも出来ることは全力でする。


 それがこれまで培ってきた、シリウスの生き方だった。

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