第31話
ヤムカカンの森の中。
シリウスは昨日魔物たちを倒した場所に向かう。
「……死骸はもうない、か」
地面に血を吸収した跡は残っているので、ここで間違いは無い。
じっと見つめると、魔物らしい足跡がうっすら付いているので、そちらの方へと向かって行く。
すぐに、数匹の魔物――ゴブリンを見つけた。
本来なら森の入り口付近はヤンクルと合わせて彼らの縄張りだが、今は森の奥からジャイアントオーガなど上位がやってくるせいで狩りもままならないのだろう。
死んでいる獲物を漁り、分け合う姿は生命として正しい。
しかしゴブリンは森から出て人里を襲うタイプの魔物。
現状、ここで見逃すわけにはいかなかった。
「これで良し……」
ゴブリンたちを倒し、そして再び奥へ。
普段なら入らないところまで進むと、今度はジャイアントオーガとフェルヤンクルの群れが戦っていた。
「縄張り争いか」
普通であればそれぞれ種族ごとに縄張りがあるためそう簡単には起こらないはずだが、今は森の生態系がおかしくなってしまっているのか、魔物同士の争いも激化してるらしい。
数はフェルヤンクルの方が多いが、優勢なのはジャイアントオーガだ。
腕に噛みついても地面に叩きつけるなどして潰してしまい、どんどん数が減っていく。
しばらくして、すべてのフェルヤンクルを倒したジャイアントオーガが醜悪に笑う。
どうやらこのまま食事に入ろうとしているらしい。
――今だ!
シリウスはしゃがみ込んだ瞬間を狙い、一気にかけ出す。
ジャイアントオーガもこちらに気付いたがもう遅い。
立ち上がる前にその首を跳ね飛ばし、倒してしまった。
「本当に、凄い効果だな……」
本来は鋼よりも硬い皮膚をしているはずが、あっさりと斬れてしまった。
未知数だった力にも慣れてきた感じがする。
「これなら……」
前回は危険を感じて調査が出来なかった洞窟。
しかし今回の原因の大本はそこにある気がする。
「行ってみるか……」
シリウスは奥へ奥へ。
時々見つける魔物の群れは適度に倒し、そのまま進んでいく。
「え?」
調査だけのつもりだった。
無理をするつもりは無かった。
だがそれでも危険は向こうからやってくるもので――。
「なっ……⁉」
シリウスの進んでいる先に巨大な黒い蛇がいた。
胴体はシリウスの身体が三人入っても余裕がありそうなほど太く、全長は十メートルを超えている。
見たこともない魔物だ。
だが威圧感はジャイアントオーガの比ではなく、あれが普通よりもずっと強い魔物だということはわかった。
逃げるべきか、と悩んだせいで動きが遅れてしまう。
そしてすでにシリウスの存在に気付いていた大蛇はシリウスを睨むと、一気に木々を抜けて迫ってきた。
「ヤバ……⁉」
もう逃げられないと剣を構えるが、止められるとは思えなかった。
大きく口が開き、鋭い歯と唾液が近づいてくる。
丸ごと飲み込もうとしている、と思ったときには横っ飛びすることで躱すとが出来たが、大木が一気になぎ倒された音がぞっとする。
――もう少しで、死んでた!
これだ、これがヤムカカンの森をおかしくしている原因だ。
そうだとわかっても、もはやどうしようもない。
冒険者歴の長いシリウスは直感で、ククルの魔術で強化してもらった自分でもこの魔物には勝てないのだとわかってしまったからだ。
「……くそ! どうする⁉」
距離を取りにらみ合いながら、シリウスは焦りを隠せなかった。
心臓はドクドクと激しく音を立てて、剣を握る手が汗で滑り落ちそうになる。
――死ぬ?
感じた瞬間、突然大蛇が視線を外した。
その表情は獲物を狩るつもりなものとは異なる、なにかを警戒する様子。
そして、それはすぐに来た。
『ガァァァァァァ!』
森を駆け、小さな影が大蛇に襲いかかる。
大きさはシリウスの顔ほど。
影だけみればボールのようにも見えたそれは、白と黒の体毛を纏った小さな虎だった。
「な、なんだ?」
シリウスは驚き思わず身体を止めてしまう。
虎は鋭い爪を構えて大蛇の顔に襲いかかり、すぐに森の中へと消えてしまう。
片目をやられて悲鳴を上げる大蛇。
森を駆ける小さな音。
それらが混ざり合い、そして徐々に白黒の虎が再び近づいてくるのがわかった。
そして虎が再び大蛇に迫る。
反撃をしようと巨大な体躯でぶつかりに行くが、虎は巧みにそれを躱して反対側の目も切り裂いた。
その瞬間、虎と目が合う。
とても野生の獣とは思えない、澄んだ瞳だ。
「なんだかわからないけど、今しかない!」
シリウスは走る。
苦痛に暴れる大蛇をよく見て、躱し、そしてしっかり握り込んだ剣でその首を斬る。
切断まで至らなかったせいで、大蛇はさらに悲鳴を上げながらも大暴れをし始めた。
「逃がさない!」
虎がシリウスの斬った部分をさらにえぐる。
そして深く傷ついた箇所を、さらにもう一度。
『ギャァァァァァァ⁉』
そんな森中に響き渡るような断末魔と共に、大蛇の首は飛んでいった。
ビクビクと暴れ回る首より下の胴体。
しかしそれも、大量の血液が大地に水たまりを作る頃には弱くなっていき、そして次第に動かなくなった。
「か、勝った……」
思わず力が抜けて座り込んでしまう。
巨大な大蛇を見て、自分が生き残れたことの驚きすら感じていた。
――危うく死ぬところだった。
心の中で独りごちていると、白黒の虎がゆっくりとシリウスに近づいてくる。
そうしてじっと見つめてきた後、匂いを嗅いできた。
「なんなんだろう、この子」
どうやら敵意はないようなので、しばらくされるがままにしておく。
猫より少し大きいくらい、虎にしては明らかに小さい。
あれだけの動きが出来る以上、魔物なのだろうが――。
「助けてくれたんだよな……」
それに魔物にしては悪意もなにも感じなかった。
よく見れば、あちこちに怪我をしているし、汚れてもいる。
もしかしたら、何度もあの大蛇に挑んでいたのかもしれない。
そう思うと、このまま放っておけそうに無かった。
「……一緒に来る?」
『がう』
こちらの言葉が分かっているのか、虎はじっとシリウスを見た後、そう一言鳴くのであった。
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