第32話

 森から出ると、やはり威圧的な城壁が目に入る。

 そして腕の中には猫のように抱っこされている虎の存在。


 シリウスとともに行くと決めたらそのまま懐くように腕の中に潜り込み、そして寝てしまったために抱きかかえてきたのだ。


「微妙にイビキが……」


 抱っこした状態のため、耳元にグルルルル、というイビキが聞こえてくる。

 同時に生暖かい息が何度も当たり、微妙な気持ちになりながらワカ村に戻っていった。




「というわけで、多分もう大丈夫だと思います。とはいえ、念のため騎士団には調査をして貰いたいと思うんですけど……」


 ワカ村に入ると、まず最初に村長宅へ。

 スーリアさんがやって来るのを待って、二人に事情を説明する。 


「そうか。結局最後まで頼り切りになってしまったね」

「いえ、今回のは俺が勝手にやったことですから」

「そういうわけにはいかんだろう。とはいえ、村から出せる金銭は……」


 悩んでいるスーリアさんに、シリウスも困ってしまう。

 元々、困っていたから少し手伝おうと決めたのは自分の意志だ。

 しかもククルがこの城壁を作った時点で、無理をする必要すらなかった。


 だから礼を貰う資格など無いと思っているのだが――。


「まあこれに関しては、改めて領主様に相談してみよう。村の一大事を救って貰ったんじゃから、悪いようにはしないだろうからね」

「あ、ありがとうございます」

「ところでこれ以上スルーするわけにはいかんから尋ねるが……その魔物はどうするつもりじゃ?」


 胡座をかいたシリウスの足の中をベッドとでも思っているのか、虎はグースカ眠っていた。

 まだ幼さの残る様子は愛らしさもあるが、さすがに魔物が相手だとスーリアも村長も困惑せざるを得ない。


「えっと、とりあえず敵意はない子で、怪我もしてたので治るまでは面倒見ようかなと」

「まあこの村を助けてくれた恩もあるから殺せとは言わんが……虎の魔物などヤムカカンの森にはいないはず……?」


 そんな会話をしていると、不意に虎が目を覚ます。

 じっとスーリアさんたちを見てから、一度大きく欠伸をして、再び眠ってしまった。


「まあ、こんな感じなので」

「警戒するのも馬鹿馬鹿しくなるのぉ」


 結局、シリウスが面倒を見るなら追い出す必要は無い、という結論になってホッとする。


「ん?」


 扉の外から視線を感じて見ると、ククルが待っていた。

 どうやら大人の話が終わるまで待っていてくれたらしい。


「それじゃあ、とりあえず報告は以上です。騎士団が来たら説明とかもしないといけないので、まだしばらく村に滞在させて貰いますが……」

「ああ、好きに過ごしな。あんたらは、ワカ村の救世主じゃからな」


 そんな大層な人間じゃない、と言い返そうと思ったが、村が滅ぶ可能性は十分あったことを考えると、ここは敢えて謙遜する必要は無いと思った。


 ただ曖昧に笑い、そして虎を抱えるとククルの方へと歩いて行く。


「それじゃあ帰ろうか」

「……うん」


 ククルは腕の中の虎が気になる様子だが、この話は家で落ち着いてからでいいだろう。

 そう思っていると、ククルはペタペタとシリウスの身体を触る。


 大蛇との戦いのせいで少し怪我をしてしまったため、痛みがあった。

 それが顔に出てしまったのだろう。

 

 ククルの顔が少しだけ険しくなる。


「無茶はしないって、言ったのに」

「あ、はは……」

「家に帰ったら、まず怪我を治す」

「うん。よろしくお願いします」


 そんな二人のやりとりは、子どもに怒られる父親の図であったが、本人たちは気付くことは無かった。




 家に帰ってからは治療を受けつつ、改めて事情を話した。

 大量の魔物の件。大蛇の件。そして、虎の魔物の件。


「そう、この子がシリウスさんをたすけてくれたんだ」

「うん。命の恩人だよ」


 人じゃ無いけど、と茶化すことはない。

 なぜなら本当に、この虎がいなかったらシリウスはあの大蛇の餌になっていたからだ。


 しかし一体、この虎はなんなのだろう?


 そう思っていると、ククルが不意に口を開く。


「この子、魔物じゃ無いよ」

「え?」

「精霊だって」


 どうやらククルが持っている『大賢者の加護』では、そんなこともわかるらしい。


「名前はヤムカカン。だから、あの森の化身……なのかな?」

「精霊って……しかも森の化身って言ったら伝説上の生き物じゃないの?」

「そうなの? うーん……私も知識があるわけじゃないからその辺りはよくわからないけど……」


 シリウスも長く冒険者をやっているため精霊という存在がいることは知っている。

 しかしそれの多くは物語に出てくる程度の話。


 曰く、魔王討伐の勇者と共にある者。

 曰く、世界の守護者。


 とはいえ、そこまでくるともはや創作状の存在だが、少なくともそれくらい珍しい生き物だという。

 現存する精霊もいるが、それはエルフの国の奥に守られたりしていて、街中にいるものではなかった。


「そんなに凄いんだ」

「そうだね。少なくとも、この国の人間で精霊と関わったことのあるような人が居たら、噂になってたと思う」

「ふぅん。こんなに可愛いのにね」


 治療のため今はククルが抱きかかえているが、まるで子どもが人形を持っているような愛らしさがある。

 しかしそれが、方や村を覆う城壁を生み出してしまった大魔術の使い手で、方や精霊ともなれば、とんでもない絵面である。


「でもさすがシリウスさんだね」

「え? なにが?」

「だって精霊に助けられて、しかも懐かれるなんて……魅力チートは健在だなって」

「いやぁ、たまたまだよ」


 そう言うが、ククルはあまり納得した様子は見られなかった。

 

 ただ共闘したこともあり、なんとなく親近感も沸いているのは事実だ。


「この子のおかげで生き延びられたから感謝はしてるけどね。傷も治ったことだし、また森が平和になったのを確認できたら帰してあげよう」

「うん……でもなんとなく……」

「ん?」

「この子、シリウスさんから離れないような気がする」


 そんな予想をしつつ、ククルは白と黒の毛並みを優しく撫でるのであった。

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