第33話
シリウスが大蛇を倒した翌日。
「かぁわぁいぃぃぃ!」
そんな声を上げるのは村の少女、リリーナだ。
彼女は家に遊びに来るなり、ククルに抱っこされている虎を見ながら瞳を輝かせてそう叫ぶ。
「なにこれなにこれ! えぇぇぇなぁぁぁにこれぇぇぇ!」
「リリーナ、うるさい」
「ちょっとククル! そのまま! そのまま動かないで!」
煩わしそうにするククルの言葉など聞く耳持たないと言わんばかりに、リリーナははしゃぎっぱなし。
ククルの腕の中にいるヤムカカンも同じような顔をしていて、ちょっと面白いと思った。
――気持ちはわかるな。
確かに五歳ほどの見た目のククルと、赤ちゃんとは言わないが小さな虎の組み合わせは、なんとも言えない可愛さがある。
「ねえねえ、名前なんて言うの⁉」
「ヤムカカン」
「じゃあカー君だ! ねえねえ、私も抱っこしてもいい⁉」
リリーナが笑顔で手を伸ばすと、ヤムカカンは一瞬ギョッとする。
そしてククルに向けて小さく喉を鳴らし、顔を背けた。
「駄目だって」
「そんなー」
「あはは、まあリリーナもそんな勢いで迫ったら、ビックリさせちゃうから落ち着こうね」
不思議なことに、ククルはヤムカカンと意思疎通が出来るらしい。
そのおかげで精霊という種族であることなど、色々と理解することが出来た。
「……カー君呼びは可愛いかも」
『っ――⁉』
まさかの裏切りに、ヤムカカンが再びギョッとした顔でククルを見つめる。
シリウスには意志を理解することは出来ないが、それでも今の表情は理解できた。
とはいえ、ククルは意外と気に入っているのかカー君呼びを推奨し始める。
『……』
ヤムカカンがシリウスを見る。
どうやら意志を伝えても変えてくれる気配がないため、保護者であるシリウスに望みをかけたらしい。
――一緒に大蛇と戦った仲だし、ここは助け船を……。
「ねえシリウスさん。カー君って呼び方、可愛いよね」
「そうだね」
『っ――⁉』
ククルの笑顔の前に、否定など出来るはずも無く、シリウスはその呼び方を受け入れることにした。
裏切り者のような目で見てくるが、仕方ないのである。
「まあでも、俺はヤムカカンってちゃんと呼ぼうかな」
「えー、カー君の方が可愛いよー」
リリーナが便乗するようにそう言うが、当の本人は首を横に振っているのでさすがに可愛そうになってきたのだ。
ヤムカカンはククルの腕から飛び出すと、そのままシリウスの足下に来る。
どうやら抵抗の意志を見せつけているらしい。
――ククルに直接意志を伝えられて駄目なんだから、その行為は意味ないんじゃないかな?
そう内心で思うが、とりあえず好きにさせる。
「シリウスさんとククルには懐いてるんだ。いいなぁー」
「あはは。まあでも賢い子だから、リリーナもすぐに仲良くなれると思うよ」
同じ猫耳だし、と言ったらヤムカカンが怒りそうだから言わないでおく。
「さあ二人とも、せっかくだから村で遊んでおいで」
「シリウスさんはどうするの?」
「俺はちょっと、城壁の上を歩いてくるよ」
そう言ってシリウスは家から出て、村を覆っている城壁を見る。
「凄いもんだよな……」
村を守る城壁は、ククル後からによって生み出された物だ。
すでに森の奥にいる大蛇も死んで、森の魔物たちが村まで出てくることはほぼないと思われる。
とはいえそれで村人たちの不安が消えるかと言われると、そんなことは当然無い。
イレギュラーが解決したとしても、魔物がやってくる危険性を考えたら、あの城壁は無くさない方が『村人にとって』は良いのだ。
「でもそうなると、説明しないわけにはいかないよな……」
これから来るであろう騎士はアリアの直下部隊だろうからすぐに悪いことにはならないだろう。
だが彼らも組織に属している以上、この件を上に報告しないわけにはいかない。
そうなれば圧倒的な力を持った魔術師の存在は公になり、そして――。
「どうしたもんか」
城壁に登り、シリウスはため息を吐く。
少なくとも今この城壁を無くして、村人たちに口を噤んでもらえば、すぐにバレることはない。
幸いまだ行商人も来ていないので、噂になることもないからだ。
村を取るか、それともククルを取るか。
悩んだ末、彼女にこれから起こりうる未来についてきちんと説明をし、そして返ってきた答えは――。
『城壁を消したら、村の人たちが不安に思っちゃうんでしょ? だったら残すよ』
ククルはごく当たり前のようにそう言った。
「立派だ。立派なんだけど……」
どちらにしても、いつまでも隠し通せるわけがないのはわかっている。
それでも、今はまだ早すぎるんじゃないかと、そう思った。
壁に登り、村を見渡す。
老若男女、誰もが安心した様子でこれまで通りの生活を送っていた。
そして振り向き、村の外を見る。
歩いて行ける程度のところに広がる大森林。
もしまた今回と同じような出来事が起きたとき、すぐに対応出来るかどうかわからない。
この壁があれば、そんな危険から彼らを守ることが出来るのだ。
「せめて来るのがアリアだったら、色々と相談が出来るんだけど……ん?」
村が小さいため、高い壁から反対側もよく見える。
まだ小さな影だが、村に近づいてくる騎士団の一行。
「もう来てくれたんだ」
思ったよりも早く、そして多い。
おそらく二十人ほどの騎馬が急ぎの様子でこちらまでやってきていた。
「これはもう覚悟を決めないとな……」
こうしてはいられないと、シリウスは壁から降りて唯一の入り口へと走って行く。
この壁の説明をもしなければならないし、騎士団なら顔見知りのため、自分が説明をした方がいいだろうという判断だ。
丁度森とは正反対側、今騎士団が向かって来ている方向に入り口があるためすれ違うことはない。
壁から外に出てしばらくすると、騎士団は戸惑った様子で距離を取って止まった。
「おーい!」
手を振り、自身をアピール。
すると騎士団の中から一人飛び出してくる。
出来れば知り合いだったら……と思っていると、近づいてくるのは見覚えのある緋色の髪の少女で――。
「え、なんでアリア?」
駆け寄ってきたのは、王国最強の騎士だった。
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