第34話

「シリウス! 大丈夫か⁉」

「あ、うん……俺は大丈夫なんだけど……」

「そうか良かった! 心配したんだぞ!」


 馬を下り、慌てた様子で手を握ってくる。

 女性特有の柔らかい手ではなく、これまでずっと剣と共に生きてきたであろうゴツゴツとした手。

 だがそれが彼女の努力の証だと思えば、とても格好良いものに思えた。


「って、そうじゃなくて……なんでアリアが来てくれたの?」

「なんでって……シリウスが困っているなら助けに来るといつも言っているだろ?」

「そうなんだけど……でも君って忙しいんじゃ――」

「大丈夫だ。丁度暇だったからな」


 アリアは凜とした表情で、柔らかく微笑む。

 ラウンズであり、侯爵令嬢でもある彼女に暇なんてあるんだろうか? と思っていると副長が近づいてきた。


「アリア様はまた、王女の護衛をほったらかして飛び出したんですよ」

「あ、こら副長! それは黙っておけと言っただろう!」

「王女ぉ⁉」


 アリアと王女は年も近く親友同士であり、よく護衛をしているのはシリウスも知っていた。

 気心の知れた仲であるし、多少のことくらいは大目に見て貰えるのだろう。


「いやでも、護衛をほったらかしにするのは不味いんじゃ……」

「大丈夫だ! ちゃんと許可も取ったからな」

「いやいや……許可っていうか――」

「シリウスが大変だと聞いた。なら私は駆けつける。約束したからな」


 そうして堂々と、まっすぐ射貫かれてはなにも言えなくなる。

 正直、男の自分が見惚れるほどに、アリアの在り方は格好良く思える。


 ただ、彼女の隣に立つ副長は、呆れたように大きくため息を吐く。


「この調子なんですよ……まあ隊長自ら動いたので、これだけ迅速に来れたというのもあるのですが……」

「お前たちはすぐに情報がといって動きを鈍らせる。その数秒が大切な国民を失うかもしれないのだぞ」

「その分、我々の被害が出る可能性がありますから。人間は隊長と違って怪我もするし死ぬときは死ぬんです」

「いや、アリアも普通の女の子なんだから怪我くらいするよ」


 そう言うと、副長は首を横に振った。

 どうやら彼から見たアリアは、怪我もしないし絶対に死なない化物かなにからしい。


 そんな扱いにも慣れているのか、アリアも気にした様子は見せず――。


「ところでシリウス。この壁はいったいどういうことだ?」

「あ……」


 まさかアリアが登場するとは思っていなかった、忘れていた。

 壁を見て、アリアを見て、もう一度壁を見る。


「あー……」


 どう説明をしようかと悩み、とりあえず壁自体は無害なものだと説明してから村の中へと招き入れるのであった。




 アリアたち騎士団もワカ村には慣れた物で、それぞれが順番に入って馬を並べていく。

 しばらくしたら、自分たちの住む場所を確保するのだろう。


 そんな騎士団を見送り、シリウスはアリアを自分が借りている家に招き入れて、これまでの経緯を説明する。


「なるほどな」

「信じてくれるんだ」

「実際に目の前にあって、信じないわけにはいかないだろう」


 ワカ村であった魔物の異常発生については手紙で説明をしていた。

 だが大蛇のことはまだ出来ていなかったので、それを退治したこと。

 そして、村を覆う巨大な壁を作ったのがククルだということ。


 それらを説明し終えると、アリアは真剣な表情を見せる。


「それでシリウス、これからどうするつもりだ?」

「……」


 アリアが言っているのは、これからのククルについて。

 シリウスでもわかることを、貴族社会で過ごしている彼女がわからないはずがない。


「……まあ、簡単に答えの出せる問題じゃないか」

「俺は、ククルが普通の子みたいに過ごして、その上で決めれたらってずっと思っていたんだ」

「私もそれが良いと思っていたさ」


 アリアの言葉は過去形。

 つまり、彼女からしてももう手遅れだということ。


「義父上に頼んで、出来るだけ良い人がいないか聞いてみよう」

「それって、貴族の子になるってことだよね?」

「ああ。これほどの力を秘めていては隠しようがないし、下手に市井に紛れ込ませて生活するのは危険過ぎる」


 その言葉に、シリウスは少しだけ胸が締め付けられたような気がした。


 ――わかっていたことだ。


 たとえククルが力を隠していたとしても、いつかは別れが来る。

 ただそれまでは、保護者として彼女の行く末をちゃんと見守ろうと思っていた。


 ――もし俺が凄い冒険者だったら……。


 そんな想いが脳裏に巡り、すぐに首を横に振る。

 一番に考えなければならないのは、ククルがどうすれば幸せになれるかどうか、なのだから。




 しばらくして、リリーナやヤムカカンと外で遊んでいたククルが家に戻ってきた。

 神妙な雰囲気の二人を見て、なにかがあったのだと理解した彼女は、まずシリウスを見る。


「おかえりククル」

「ただいま……」

「話があるんだ。こっちに来てくれる?」


 その言葉に、ククルは来るべき時がきてしまったのだと理解する。

 この力のことは事前に気をつけるように言われていたのに、あれだけ派手にやったのだ。

 そのうえで、ワカ村の安全を優先して壁を消すこともしなかった。


 ――でも、自分で決めて納得したことだから。


 それがククルの本音だった。


 シリウスとアリアが隣同士に座っているため、ククルはその正面に座る。

 二人とも真剣な表情でこちらを見ていて、居心地が悪かった。


「ククル、君の力はとても大きいものだ」

「うん……」

「今はまだアリアの騎士団しか知らないけど、それももう隠し通すのは無理らしい」

「うん」


 当然だろう。

 仮に今からこの壁をすべて無くしたところで、どこから情報が漏れるかわからないのだ。

 そのとき、隠していたことがバレればアリアたちに迷惑をかけてしまう。


 おそらく自分はこのまま貴族の養子か、監視下に置かれるか、どちらにしてもこれまで通りにはいられないだろう。


 ――大丈夫、覚悟はもうしてた。


 これから言われるであろう言葉に耐えるため、指をぎゅっと握る


「だから――」

「た、大変だよー!」

「「「っ――⁉」」」


 シリウスが言葉を続けようとした瞬間、リリーナが焦ったような声を上げて入ってきた。


 すぐさま近くにある剣を握るアリア。

 王国最強の騎士に恥じぬ動きで立ち上がると、すぐにリリーナを見る。


「何事だ⁉」

「も、森から魔物が! 大量の魔物がこっちに向かってるって!」

「なっ――⁉」


 その言葉にシリウスが驚き、そしてアリアは無言で飛び出す。


「ククル、話は後で! 君はここで待ってて!」

「う、うん……」


 シリウスは飛びだし、残されたククルは不安そうな顔をする。

 そんな彼女の足下では、ヤムカカンが小さく喉を鳴らして心配そうに見上げていた。

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