第35話
状況を確認するため壁に上ったシリウスたちは、森から向かってくる夥しい数の魔物にぞっとする。
「あれ、ヤムカカンの森中の魔物が来てるんじゃ……」
「そうかもしれないな……」
ヤンクルやフェルヤンクル、ジャイアントオーガ。それにマッドスパイダーなど、普通なら森から出てくるはずのない魔物たちが迫ってきてる。
あり得ない事態だが、戸惑っているばかりではいられない。
「どうしようアリア!」
「……ただ迎え撃つだけでは、被害が増えるな。副長!」
「はっ!」
「私は魔物の群れを掃討する! その間、この壁を上手く利用して魔物たちを一匹も村に入れるな!」
「承知しました!」
その言葉とともに、アリアは壁から飛び降り、魔物の群れに向かって行った。
近くにいる騎士たちは誰も彼女の心配をしていない。
なぜなら彼女こそ、史上最年少でラウンズに入った『最強の騎士』だと誰もが認めているから。
アリアと魔物の群れがぶつかった瞬間、大量の魔物が宙を舞う。
それはそのまま奥へ奥へと進んでいき、上から見ると大きな波を巨大な剣が一刀両断しているようにも見えた。
「すごい……」
「ははは! まあ隊長は化物みたいなものですからね」
そう笑いながらも、副長は周囲の騎士に指示を出し、壁に騎士を配置する。
その顔には焦りなどない。
「さぁて……騎士の国エルバルド王国最強の部隊。その力を見せつけてやりましょう!」
近づいてきた魔物たちは、壁に阻まれる。
しかしマッドスパイダーのように一部の魔物は壁によじ登り始め――。
「イケェェェ!」
副長の甲高い声と共に、騎士たちが壁から飛び降りる。
そのまま壁に張り付いた魔物たちを切り落とすと、周囲にいる魔物たちを一掃。
そしてすぐに外からやってきた騎馬隊に拾われて、入り口に戻ってくる。
「俺も手伝います!」
「シリウス殿、助かりますが無茶は厳禁ですよ。なにせ貴方に怪我をさせようものなら、我々は魔物ではなく隊長に殺されてしまいますからね」
そんな軽口を叩く副長に笑いながら、シリウスも他の騎士と同じように壁から飛び降り、魔物たちを一掃する。
普段ならそんなことは出来ないのだが、今はまだククルの魔術の効果が続いていたから出来た芸当だ。
「おいおい、いつからガーランドのC級冒険者はこんな強くなったんだよ」
「これは助かりますね!」
周囲から驚きと感心した声が聞こえてくる。
先に降りて魔物と戦っていたアリアの部隊の騎士たちだ。
「今だけですよ。ちょっと力を借りてるんです!」
「どんな理由であれ、ありがたい話だ! 隊長は化物として、副長は人使い荒すぎて猫の手も借りたいくらいなんだからな!」
「猫の手っていうよりは、虎の牙って感じですけどねぇ!」
魔物に囲まれた状況でも笑いが絶えず、どんどんと駆逐してく騎士たち。
副長といい、やはりエルバルド王国の騎士たちは凄いと思いながら、シリウスはやってきた騎馬隊に拾われて一端戦線を離脱する。
――これなら守り切れる!
そう思っていると、遠くでとてつもない雄叫びが聞こえてきた。
「なんだ?」
ヤムカカンの森を見ると巨大な蛇が現れた。
遠くからでもはっきりと分かる、信じられない大きさだ。
森で戦った大蛇などとは比べものにならないそれは、一体どこにいたのかと思うほどで――。
「あんなの、いくらアリアでも⁉」
大蛇がなにかと戦っている。
それがアリアだというのはわかったが、いくらなんでも規模が違いすぎた。
あれはもう人間の戦える相手ではなく、攻城兵器などでようやくダメージを与えられるほどの――。
「いや、隊長は人間を辞めてるから大丈夫――って言いたいところだが……」
「さすがにあれはやばいかもしれませんね……」
一緒に戻ってきた騎士たちも同じ事を思ったのか、不安そうな声を上げる。
遠目からでもわかる戦いの激しさは、終わる気配を見せない。
アリアが抑えているからだというのは分かるが、逆を言えば彼女ですら倒しきれない相手であるということだ。
「……アリア」
シリウスは再び壁に登り、状況を見ながら呼吸を整える。
騎士の数は二十ほどなので、一度陣形が崩れればあっという間に飲み込まれてしまうため、勝手な動きは出来ない。
「シリウスさん!」
そうして剣に力を入れて飛び降りようとしたとき、ククルが壁に登ってくる。
「ククル⁉ ここは危ないから来ちゃ駄目だ!」
「それより今はあれをなんとかしないと!」
ククルの言う『あれ』とは、ヤムカカンの森付近で暴れている大蛇のことだろう。
「なんとかって言っても……」
紛れもなく王国最強の騎士の一人であるアリアがあれほど苦戦をしている相手。
そもそも大きさ的に、人が相手に出来る規模を大きく超えている。
あれだったら、まだドラゴンを相手にした方がマシだと多くの冒険者は言うに違いない。
だが――。
「カー君がいるから大丈夫!」
「ヤムカカンが?」
見れば、ヤムカカンは鋭い瞳で大蛇を睨んでいる。
これまでいなかったはずの大蛇。そして突如現れた精霊。
それらは実は関係があるのかもしれないと思った。
「大蛇の名前はユルルングル……ずっと昔にカー君に封印されたんだけど、私が生まれたことで封印が解けて復活しちゃったの」
ククルは震える身体に活を入れるように、ユルルングルを睨む。
そこには自分の責任だと、そう言った。
「だから私たちがやらないと……」
「ぐるるるる……」
「カー君、行くよ!」
ククルがヤムカカンに手を触れると、ヤムカカンは大きく壁から飛び出した。
同時に猫程度の大きさだったそれはまばゆく光り、そしてワカ村に作られた壁に負けない巨大な虎となる。
その光景に驚く騎士団とシリウス。
「「「なぁ⁉」」」
「やっちゃえー!」
ククルの一声でヤムカカンはその巨大な爪をなぎ払い、魔物を一掃。
ユルルングルから逃げ出しながらやってきた魔物たちは、当然現れた巨大な虎を前にパニック状態となる。
もはや魔物たちからすれば、前門に虎、後門に蛇、とどうにもならない状況だろう。
そして戸惑っている間にククルはヤムカカンの背に飛び乗る。
「ククル⁉」
「シリウスさん、行ってくるね!」
「待ったぁぁぁぁ!」
そうしてヤムカカンが飛び出そうとした瞬間、シリウスもヤムカカンの背に向かって飛んだ。
「え? えぇぇぇぇぇ⁉」
もはや飛び出す寸前だったため、まさか付いてくるとは思わずククルが声を上げる。
だがそうしている内にシリウスは飛び乗り、そして走ってククルの傍までやってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます