第23話

そして一時間後――。


「シリウス! 早く棚の補充をしておくれ!」

「は、はい!」

「ククルは笑顔! ほらお金を受け取って!」

「あ、ありがとうございましたー!」


 マーサの雑貨屋の中には多くの人で賑わっていた。

 

「くっ! 予想はしてたけど、ここまでとは⁉」


 嬉しそうな声を上げながらも、一切動きを止めないマーサ。

 慌てて売れた商品の補充をしていくシリウス。


 カウンターでお金を受け取ってから、笑顔見せたククル。

 ひっそり動き回ってみんなをサポートするたった一人の従業員。


 狭い雑貨屋の中で、四人それぞれが慌ただしい様子で動き回っていた。


「なんで、セールは明日からだよね⁉」 


 堪らず叫んだのは、ククルである。

 閑古鳥が鳴いていた、という程ではないにしても、ククルたちがやってきたときはお客さんも少ししかいなかったはず。

 それがたった一時間で、店の外に行列が出来るほどになっていて、テンパっていた。


「マーサさん、これって……?」

「ははは! 作戦勝ちさ!」


 そう言って嬉しそうに商品を捌き、金額が間違っていないかチェックをし、ククルに笑顔で見送らせるマーサ。

 どんどんと『定価』で減っていく在庫に、彼女はもはやハイテンションになっていた。


「やっぱりみんな、子どもには財布の紐が甘くなるじゃないか!」


 さらっと、マーサの懐から一枚の紙が落ちる。

 そこには『噂の天使が笑顔でお出迎え!』と書かれていて――。


「これってククルのことじゃないですか⁉」

「ああそうさ! エレンの奴に頼んで、もしアンタが今日断るなら緊急クエストにしてでも連れてこい! って言っておいたんだ!」


 今回クエストを選ぶのはククルに任せていたシリウスだが、妙にエレンが誘導していた気がした。

 これが原因か、とようやく理解したころには喋る暇すらない状況になり、慌ただしい時間が過ぎていく。


「お金! 受け取ったら笑顔! いいじゃないか、まさに天使だ!」


 ククルの笑顔を受けた冒険者は、デレデレな表情で出て行った。

 扉が開いた瞬間、わざと外にいる人たちにも聞こえるように声を上げるあたり、マーサは商売人だ。


「いいよいいよ! この調子でセールまでに捌けるものは全部捌いてやる!」

「店長、顔が悪いことになってるよ」

「売れれば正義さ!」

 

 唯一の従業員にして、この店二十年の店員がマーサに指摘するが、そんなことより売り上げだ! とさらにピッチを上げていく。


 これはさすがにククルも忙しすぎて不味いんじゃ、とシリウスがカウンターを見ると――。


「えっと……ありがとうございます」

「おぉぉ! こっちこそありがとうございます!」


 意外なことに、変な客がいても笑顔を絶やさず、きっちりお金も受け取ってた。

 あんなに小さいのに、お釣りを間違えたということもなく、丁寧に仕事をしている。


「凄いな……」


 シリウスは頑張るククルを見て、素直にそう思った。


 多分自分があの場に立っていたら、焦って金額をミスしてしまうだろう。

 冒険者として経験で色々と覚えたが、元より要領は良い方ではないし、計算のような頭を使う行動は特に苦手だった。


 ――もしかしたらククルは天才なのかもしれない。


 まるで親馬鹿のような言葉を当たり前のように呟く。

 ちなみに、この瞬間シリウスの頭の中から彼女が本来、十五歳の少女だということは抜け落ちていた。




 それからしばらくして、夕刻になった頃には客もまばらになる。

 店の外に人が並んでいないだけで、焦りなどもなくなるものだな、とシリウスは思った。


「……つ、疲れた」

「お疲れ様。あとは俺がやるから、ククルは奥で休んでおいで」


 いいですよね? とマーサを見ると満面の笑みで頷く。

 今日の売り上げが良くて、ホクホク顔だ。。


 ククルがふらふらと奥に引っ込んで行った後、シリウスが戻ると最後の客が出て行くところだった。


「いやぁ、やっぱり天使の効果は抜群だねぇ」

「マーサさん、こういうことをするつもりだったら最初から教えてよ」

「教えて、効果無かったらあの子がかわいそうじゃないか」


 そういう問題じゃない、と思ったが、昔から商売上手な彼女には敵わないことはわかっていたシリウスは、黙り込んだ。


「さ、それじゃあ今日は店終いして、セールの準備をしようじゃないか」

「セールの準備って言っても……」


 もはや最初に値札を変えようと思っていたストックはすべて店頭に出ており、その数もまばらだ。

 明日のセールに出来そうな商品など、ほとんど残っていない。


「これで、二十周年いいの?」

「安く売る前に定価で売れたんだ! 良いに決まってるじゃないか!」


 満足そうなマーサを見て、シリウスはまあ良いかと思った。

 残った商品をささっと値変えを終わらせて、シリウスの今日の仕事はお終いだ。


「しかしこれで、あの子は大変になるねぇ」

「え?」

「だって、あの子に店番を頼めば、これだけ客が集まるんだから」


 ――他の店だって、頼みたいと思うに決まってる。


「たしかにククルは可愛いですけど、今日は物珍しさが勝っただけじゃなくて?」

「子どもが頑張る姿は、大人の財布の紐を緩めるものなのさ」


 その言葉を聞いて、困ったなと思う。

 ククルが活躍するのはもちろん嬉しいが、シリウスが与えたいのは機会だ。


 一方的に求められるものではなく、自発的にやりたいことを見つけて欲しいと思っている。


 だから、ククルの『付加価値』を求めて依頼を頼むようなのは、出来れば遠慮したいと思った。


 そのことを理解してたのだろう。

 マーサはシリウスの背中をバシン、と強く叩いてから快活に笑う。


「まあ今回利用した私が言うのもなんだけど、アンタがちゃんと守ってあげるんだよ!」

「っ――⁉ そうだね」


 そうして、この日のクエストは終了。

 銀髪の天使がやってきた店に祝福が与えられる、などという噂が流れるのは、その翌日からだった。

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