第22話
ククルを城塞都市ガーランドに連れてきてから二週間。
シリウスの指名依頼を中心に、ククルと一緒に依頼をこなしてきた。
街の中で危険も少ないということはもちろんだが、出来るだけ多くの人に顔見せをして今後の生活環境を整えていければ良いなと思っての行動だ。
それが功を成し、最近ではククルの名前もよく出てくるようになってきた。
――この調子なら、いずれは一人でもクエストが出来るかな。
そうなれば、徐々に彼女の独り立ちも近づくだろう。
もちろん、彼女の保護者としてしばらく見守り続けるつもりだが――。
「シリウスさん? 大丈夫?」
「あ、ちょっと考え事をしてた。大丈夫だよ」
見上げられ、笑みを浮かべる。
自分も子どものときはきっと、こんな風に周りに心配されていたのだろう。
それを思うと、成長した実感が少しだけ沸いてきた。
冒険者ギルドに入ると、相変わらずの騒がしさだった。
朝から酒を入れているのか、それとも昨夜から飲んでいてそのまま泥酔していたのか、ギルドの酒場は中々死屍累々な状況だ。
あまり子どもの教育に良さそうな現場ではないのだが、シリウスとしても十歳から通っているためなんとも言いがたい。
「ククル、大丈夫?」
「うん、もう慣れた」
いつものように受付に行くと、笑顔のエレンが紙を見せてくる。
「シリウスさん。今日もいくつか指名依頼がありますよ」
どれを見ても、顔見知りの依頼ばかり。
これなら今日も問題なさそうだ。
「ククルはどんなことをしてみたい?」
「私が選んで良いの?」
「もちろん」
C級でベテランともなれば、多少危険でも報酬が良い物を選ぶべきだろう。
冒険者など一生続けられる仕事ではなく、どこかで見切りを付けるか、大けがをして田舎に帰るか……。
帰る田舎などないシリウスにしても、老後に備えて稼いでおかないと引退後は碌なことにはならないのだから。
――だけど、今は……この子の選択肢を増やしてあげたいかな。
ククルを連れて、出来るだけ街の住民と交流を深めていく。
色んな人と出会いを重ね、視野が広がれば、それがいずれ彼女の財産になるだろう。
それは今のシリウスにとって、それは自分の老後などよりもずっと重要なことだった。
「そしたら、この雑貨屋さんのお手伝い……」
城塞都市ガーランドで買い物をするなら、東側のエリアがおすすめだ。
武器や防具、それに魔術的なアイテムまで何でも揃っている、というのがうたい文句となっているだけあり、活気に満ちあふれていた。
元々ガーランドの街は他所に比べても騒がしい街であるが、その中でも最たる場所だろう。
実際、手を繋いでいるククルを見れば、驚いているからからいつもより強く握ってきていた。
「東側に来るの初めてだけど、どう?」
「人多い……」
目を丸くして、驚いている姿はとても愛らしい。
実際、ククルの容姿は他の子どもたちに比べても一際目を引き、周囲の大人たちも一瞬は見てくる様子。
――これは、迷子にならないように気をつけないと。
シリウスは繋いだ手を少しだけ強く握る。
不思議そうな顔でこちらを見ているが、人混みで逸れないように、と伝えると嬉しそうに笑ってくれた。
そのまま街を突き進み、目的の雑貨屋へと入る。
他に大きな店が多い中で、少々手狭な雰囲気。
壁には棚があり、そこにはずらりと様々な物が並んでいる。
奥のカウンターには恰幅の良い女性が立っており、彼女がこの店の主だということはククルにもすぐわかった。
「やあいらっしゃいシリウス! 元気だったみたいだね!」
「マーサさん、こんにちは」
「相変わらずちゃんと挨拶出来て偉いじゃないか!」
一声一声、大きく圧のある声。
本来ククルにとって苦手なそれだが、なぜか彼女の声には温かさがあって、あまり怖いとは思わなかった。
実際、シリウスと話す姿は旧友か親戚の子どもを相手にするようで、明るく楽しそうだ。
「ククル、挨拶しよっか」
「うん」
ククルは繋いでいた手を離すと、まっすぐマーサを見る。
なんというか、アニメに出てきそうな肝っ玉母さんと言った雰囲気だ。
「こんにちは」
「あらまぁ! 噂には聞いてたけど、本当に天使みたいな子じゃないか!」
「う、噂……? それに天使?」
「シリウスが森に落ちた天使を娘にしちまったって、今じゃガーランド中に広がっているよ!」
そうなの⁉ とククルがシリウスを見上げると、戸惑ったような顔をしている。
どうやら彼も知らなかったらしい。
「私、天使じゃないよ」
「そうだねそうだね! まあそれくらい可愛らしいってことだから、喜んどきな!」
わしゃわしゃと、雑な感じで頭を撫でられる。
シリウスの優しいそれと違い、ククルはあんまり嬉しいとは思わなかった。
とはいえ、逃げるわけにはいかない。
なぜなら今回のクエストは、ククルが望んで選んだものなのだから。
「依頼、受けに来ました」
今回の依頼は、この店の二十周年を記念したセールを行うための準備の手伝いだ。
大きな店ではないが、マーサを除くと従業員が一人だけなので、手伝いが必要となる。
受注書を見せると、マーサは微笑ましそうに見ながら紙を受け取ってくれる。
そして一度シリウスを見て、少し考える素振りをしてから、ククルを持ち上げた。
「それじゃあこの子には店番をして貰おうか!」
「え、え、え……?」
「シリウスは、そっちの棚を順番に値札を変えていっておくれ。ああ、棚と言ってもストックからだ! 表に出てるのはギリギリまで定価で売るからね!」
言われたとおり、シリウスは棚の方へと向かっていく。
そして残されたククルは、置いて行かれた⁉ とちょっとショックを受けながらマーサを見る。
「さあ、店番の仕方を覚えて貰おうか」
「あぅ……」
妙な迫力を持ったマーサに、ククルは怯えながらシリウスの背中を見る。
慣れた動きでテキパキと値札を変えていくシリウスは、こちらの様子など気づきもしない。
「た、助けて……」
「ギルドを通してきたらそれはプロ! 甘いことは言ったって、許しはしないよぉ」
「あぅぅぅ⁉」
そうして厳しいながらも、ククルはマーサの指導を受けるのであった。
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