第21話
「部屋の掃除も、冒険者のお仕事なの?」
「そうだね。と言っても、普通は冒険者見習いがやるような仕事だけど」
一瞬、シリウスは奥の部屋を見る。
「ラーゼ婆さん、なんでか未だに俺を指定するからさ。昔からクエストから戻ってきたらやることにしてるんだ」
「何故か――?」
もはや理由など聞く必要も無いだろう、と言いたい気持ちがククルにはあった。
誰がどう見ても、頑固で融通の利かなさそうな雰囲気を持ったお婆さんすら懐柔したのだこの人は、と思っても言わないのだ。
「もう八十も超えているし、あんまり散らかすと危ないんだけどなぁ」
床には読み終わったであろう本や飲みかけの瓶などが散乱しており、埃も中々の物。
年齢を考えれば、足を引っかけて転んだだけで重傷になりかねない。
シリウスはそれを一つ一つ拾っていくと、まずはゴミとゴミじゃない物に分類していく。
そしてまとめ上げたゴミは一度外に持って行き、必要な物を今度は再分類。
もはやその動きはとても慣れたもので、冒険者というよりはベテランの家政婦のようだ。
ククルも手伝いをしているが、とても彼の動きにはついて行けそうにない。
「よし、それじゃあこの本は本棚に並べて……」
物を動かすのはシリウスがやり、ククルは足の踏み場のなかった床に物がなくなったため拭いていく。
「どうして冒険者が、掃除をするの?」
「え?」
「見習いでも、冒険者だったら外に出て冒険しないのかなって」
「ああ。なるほど」
ククルの言葉はもっともだ。
そもそも、部屋の掃除などをするのを仕事にするのであれば、最初がそういう仕事をすればいい。
わざわざギルドを通しているということは、仲介料だって取られているのだから冒険者になってまでしなくてもいい、と思っても仕方が無いだろう。
「見習いにとって、こういう仕事はとても大切なんだよ」
「家の掃除が?」
「うーん、というよりは……」
シリウスがなにかを言おうとしたとき、部屋の奥からラーゼ婆さんがやってくる。
彼女の手には液体の入った容器があり、なにも言わずにそれを空いたテーブルの上に置くと、ククルを見た。
「お前さん、魔力を全然制御出来ておらんだろう? それだと他の魔術師たちに見つかったら喧嘩を売ってるように見えるからね。これでも飲んで落ち着かせな」
「え?」
ククルが疑問を挟むより早く、ラーゼ婆さんは再び奥の部屋へと戻っていく。
残されたのは、薄黄緑色の液体だけ。
「それ、ククルにだって」
「あの、えっと?」
「多分、部屋の奥から真面目に掃除をしていたか見てたんだと思うよ」
そうしてシリウスは、なぜ見習い冒険者が雑用から始めるのかを説明し始める。
「元々、冒険者の死亡率は凄く高かったんだ。いくらギルドが等級を定めても、上げるだけなら無茶なやり方も色々とあるからね」
「他の冒険者に手伝って貰うとか?」
ククルの言葉にそうだね、とシリウスは頷く。
「それに見習いは日々の生活を過ごすだけで精一杯だから、まともな装備を整える事も出来ないし、まあ中々大変だったみたいだよ」
「……それと、雑用をやることとどう繋がるの?」
「今、ククルはそのポーションを貰ったでしょ?」
「……あ」
つまり街の住民の雑用をすることで、本来新人では整えられない装備を整えることが出来る、ということだ。
「あとは単純に、街に知り合いが増えたら帰属意識も高まって死ににくくなるとか、元々粗暴な冒険者の性格が矯正されるとか、街の住民の治安維も良くなるとか、色々とメリットはあったらしいよ」
「へぇ……」
なるほど、とククルは思った。
シリウスの言葉は、なんとなく昔漫画で見た窓割れ理論に近いものがあるな、と理解したのだ。
「俺が冒険者になって少ししてから出来た流れみたいだね」
「なるほど」
そして今の一言で、ククルは完全に理解した。
この流れを作ったのはシリウスだ。
彼が率先して見習いのときに街の住人たちとコミュニケーションを取りながら、色んな物を貰ってきて、これは使えるとギルドの上役が作った流れに違いない。
ギルドは粗暴な冒険者を大人しくさせられる。
街の住民は低予算で雑用を任せられ、街の治安は良くなる。
冒険者は死亡率が下がり、安全に準備に力と経験を蓄える余裕が出来る。
「さすがシリウスさん。やることやってるね」
「この話をしたとき、アリアも同じことを言ったんだけど、俺関係ないよね?」
「そう思ってるのは多分、シリウスさんだけだよ」
ただ親切に行動していただけで、街一つの在り方をここまで変えてしまうあたり、神に愛された人だと思った。
あと、アリアもその認識は持っているらしい、とわかり、少し仲間意識が強まり好感度がアップしていた。
ククルの意味深な言葉の意味が、シリウスにはわからない。
だが何故か機嫌良くなったククルに対して、まあいいかという気分になる。
最初はゴミ屋敷といっても良かった家も、一気に片付き綺麗になった。
大人であり、冒険者として体力があるシリウスともかく、子どものククルには中々の大仕事だったようで、だいぶ疲れた様子だ。
「お疲れ様」
「疲れたよー」
珍しく素直に弱音を吐くククルに、少し笑ってしまう。
地面に散乱していた本は本棚に、ゴミは一カ所に纏めたのでまた後日、専門業者が持って行く手はずになっている。
天井から埃を叩き、最後は地面に濡れた布巾で拭いて、最初のゴミ屋敷が嘘のように綺麗になった。
「うん、これなら一ヶ月は持ちそうだ」
「え?」
聞き間違いか? とククルが見てきた。
「まあラーゼ婆さんは結構すぐに汚すから」
「いや、一ヶ月でさっきのレベルまで汚すのは普通じゃない……」
「誰が普通じゃないだって?」
「ひぇ⁉」
部屋の奥からラーゼ婆さんがやってくる。
若干睨みをきかせているのは、シリウスからすれば何時通りなのだが、どうやらククルには刺激が強いらしく背中に隠れてしまった。
ラーゼ婆さんはあちこちを見渡し、窓の近くを指で触れる。
「ふん、相変わらずケチのつけどころのない仕事で面白くない」
「もう十年やってるからね。慣れたもんだよ」
「まったく、もうそんなになるんだねぇ」
やれやれ、とラーゼ婆さんは懐から追加のポーションを取り出した。
「ん? 俺はもう見習いじゃないし、そういうのはいらないよ?」
「アンタにじゃないよ。そっちのちっこいのにだ」
「だったらなおさら、さっきも貰ったし……」
シリウスが見た限り、先ほど渡されたポーションはかなり高価で希少な物だ。
普通の傷を癒やすタイプではなく魔力を抑制する代物など、とてもC級冒険者の自分が買える物ではない。
たかが家の掃除程度でこれ以上を貰っては、過剰どころではないし、後々の問題にもなりかねないと思った。
「アンタ、もう八年くらいなにも受け取ってないんだから、これはその分も込みだよ」
「でも……」
「そもそもこれはそっちの子に渡すもんだ! アンタに拒否権はないよ!」
「わぅ⁉」
そうして、ラーゼ婆さんはシリウスの背後に隠れているククルを引っ張り出すと、その小さな手にポーションを握らせた。
「一本で半月は保つから、足りなくなったらまた来な」
「でも、これって高価なんじゃ……?」
「私にとっちゃ、普通のポーション作るのと大差ないさ」
ラーゼ婆さんはシワシワの手で、ククルの頭を撫でる。
目尻は柔らかく、怖いと思っていた彼女の優しさに触れた。
「あの……ありがとうございます」
「なぁに、手を抜かずに綺麗に掃除をしてくれた礼だ」
ラーゼ婆さんはククルから離れると、一度だけシリウスを睨む。
まるで、そういうキャラを自分で作るような仕草だと、ククルは思った。
「アンタの事情は聞かないよ。ただこいつみたいにやってりゃ、色んなやつらが勝手に助けにきてくれるさ。だから、せいぜい真面目に生きるんだよ」
「うん……」
「良い子だ」
シリウスは、俺? みたいな雰囲気で自分を指さしている。
その無自覚さがおかしく、ラーゼ婆さんとククルは二人で見合わせて笑ってしまった。
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