第20話
朝食を食べようと、階下の食堂に顔を出す。
朝と言っても、この宿に泊まっているのは変わり者が多く、一部の冒険者たち以外はいなかった。
そして厨房に顔を出し、マリーに声をかける。
「おはよぉシリウスちゃん」
「うん、おはようマリ姉」
「そ・れ・と……」
マリーはシリウスと手を繋ぎながら、おどおどとした様子のククルを見る。
ビク、と驚くが、昨夜のように気絶することはなかった。
その代わり、シリウスの背中に隠れて足にしがみ付いたが。
「昨日はちゃんと挨拶出来なかったわよねぇ。私はマリー。気軽にマリーちゃんとでも呼んで頂戴」
「は、はい……マリーちゃん」
「マリ姉は昔から俺の面倒とかも見てくれて、俺にとっては姉みたいな人なんだ」
「まだシリウスちゃんがこんな小さいときから見てたのぉ」
それを聞いたククルは、少し驚いたあとに前に出る。
シリウスの大切な人に、失礼な態度を取ってはいけないと、そう思ったらしい。
「お、お願いします……」
まだ怯え越しだが、それでもちゃんと視線を合わせてからお辞儀。
「かぁわぁいぃぃ!」
「ひうっ――⁉」
突然の大声に驚き、ククルが再びシリウスの背中に隠れる。
「ああ、驚かせてごめんなさいねぇ」
「ひゃ、ひゃいじょうびゅでしゅ……」
もはや舌が回らなくなった状態だが、なんとか必死に大丈夫をアピール。
もっとも、端から見たらまるで大丈夫ではないのだが。
「ねえシリウスちゃん。この子可愛すぎるからお持ち帰りしても良いかしら?」
「お持ち帰りもなにも、ここが家だよ」
そんな朝のやりとりがありながら、一緒に朝食を貰って食べた。
城塞都市ガーランドはかなり人口が多い。
大都市らしく広い通路だが、午前中は仕事場に向かう人や、朝一に行われる商店の呼び声などが飛び交い、凄い喧噪で歩くのも大変なくらいだ。
逸れないように手を繋ぎながら歩くと、シリウスの知り合いが再び声をかけてくる。
それを見上げたククルは、この人は魅力チートを持っているに違いないと、再び思っていた。
「今日は一緒にお仕事しようか」
「私も一緒で良いの?」
「うん。街で困ってる知り合いの依頼をしていくだけだからね」
そう言われたククルは、シリウスとともにエレンのところに向かい、いくつかの依頼書を受け取りに行く。
昨日居なかった冒険者たちがシリウスに絡み、お互いまんざらではない空気。
ククルの知識では、ここで嫌がらせだったり、馬鹿にされたり、悪いことをされるのに、と思った。
いかつい身体をした、目つきの悪い冒険者たちがシリウスを見て喜ぶ様は、初めて見る者にとっては異質としか言えない。
どうやら自分の常識は、この人の魅了チートの前には無力化されるようだ。
「お父さんって、実は神様に会ってチートもらったの?」
「神様に会ったことないなぁ」
ククルには、どんな相手とでも関係を良好にしてしまうシリウスが、凄いチート能力にしか思えなかった。
いったいどんな人生を歩んできたのだろうか。
人間関係で失敗してきた身なので、とても気になってしまう。
「……私、シリウスさんみたいになりたいな」
「うん? まだなにも仕事とかも見せられてないけど……?」
シリウスは少し不思議そうな顔。
その様子にククルはつい笑ってしまう。
「もっと人に慣れて、色んな人と笑い合えるようになりたいの」
「……そっか」
シリウスが頭を撫でてくる。
今のククルからすれば、大人の手というのは大きく怖いものだ。
だがシリウスのそれは、なぜか優しく、触れられると嬉しかった。
ギルドでいくつかの依頼書を受け取ったシリウスが最初に向かったのは、街の外れにある古びた家だ。
周囲には家はなく木々に囲まれていて、街の中とは思えない静寂さ。
レンガの壁に、煙突からは黒い煙が揺らめいていて、まるでお伽噺に出てくる魔女の家のようだ、とククルは思った。
シリウスが慣れた様子で鐘を鳴らしてしばらく、中からいかにも魔女という風貌の老婆が現れる。
「ラーゼ婆さん、久しぶり」
「ちゃんと生きておったか……」
「ギルドに連絡はしてたよ」
ラーゼ婆さん、と呼ばれた老婆はシリウスの足下にくっついているククルを見る。
一瞬目を丸くして、シリウスを軽く睨む。
「またずいぶんと変わった子を連れてきたもんだ」
「やっぱりわかるの?」
「ま、普通じゃないってことくらいはね」
入りな――と中に案内されると、奥から硫黄のような異臭が漂ってきてククルが鼻を押さえながら少し目を細める。
シリウスはこの匂いに慣れてしまったが、初めてのときは自分もこんな顔をしたなと思い出した。
「さて、それじゃあいつも通り家の掃除をしてもらおうか。わかってると思うが、奥の部屋にある物は触れたら駄目だからね」
それだけ言うと、彼女は奥へと引っ込んでしまう。
シリウスたちがラーゼ婆さんの家にやってきたのは、家の掃除という誰でも出来そうなクエストのためだった。
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