第7話
「お父さん!」
舞台が終わったのでククルを迎えに行くと、彼女は思いきり抱きついてくる。
しっかり受け止めると顔をぐりぐりと押しつけてきて、ちょっとヤムカカンみたいだな、なんて思ってしまった。
「一所懸命練習したんだね。すごく良かったよ」
「見ててくれたんだ! 探したけど見つからなくて……」
「トラッドさんが気を利かせてくれて、あそこから見てたんだよ」
どうやらシリウスが来ていたことは伝えていなかったらしい。
舞台から二階の貴賓席を指すと、自分たちがいた席は意外とはっきり見える位置にあった。
踊りを間違いないようにと必死だった彼女には見えなかったのだろう。
「あ……あんなところあったんだ」
「すみませんククルちゃん。私が事前に言っておけば良かったですね」
「ううん。もし知ってたらそっちばっかり見ちゃってたかもしれないから、大丈夫だよ」
昼と夜の間だからか、少しだけ余裕があるようでトラッドもやってくる。
店を見ると、スタッフたちが再びテーブルや椅子の位置を動かしていて、夜の営業に備えていた。
とはいえ依頼は昼の営業時間まで。ここから先は、ククルには関係のない時間である。
「ククルちゃん。今日もありがとうね。これ、依頼書に判子押しておいたから」
判子を押されたということは、無事に依頼達成をした証。
この後ギルドにこれを持っていったら報酬を貰える、という仕組みである。
さすがに十年も冒険者をやってきたシリウスはもう慣れてしまったが、ククルは自分一人で達成出来たことが嬉しそうだ。
「じゃあギルドに……ってお父さん、その人誰?」
「ああ……えーと」
遅れてやって来たローレライを、ククルが少し警戒したように見る。
王女である、ということはこの場にトラッドもいるので隠すべきだ。
だが彼女の目的の一つが妹とククルを引き合わせることなので、どこまで話していいものかも悩ましい。
「初めましてククル。私はローラ。王都で商会をしているバルド家の娘で、今はこの街の視察のためにシリウスに案内をして貰ってるの」
ククルと視線を合わせるために膝を落として、自分のことを紹介する。
一先ず表向きの顔を見せるらしい。
「……」
ククルはジーと見つめて警戒している様子だが、シリウスはなぜそんな目で見ているのかわからなかった。
「ほらククル。相手が挨拶してるんだから、ちゃんと返さないと」
「……うん。お父さんの娘のククルです。よろしくお願いします」
ぺこり、と頭を下げるが、どうにも警戒した猫のような気配は変わらない。
それがおかしかったのか、ローレライは口に手を当てて少し笑う。
「しばらくお父さんを借りちゃうけど、ちゃんと返すから許してね」
「うん……正式な依頼だもん」
言外に、依頼じゃなかったら貸さないよ、という意味が含まれた言葉だ。
――この態度は良くないな。
そう思ったシリウスが口添えをしようと思ったが、ローレライが楽しげな瞳で制される。
どうやら彼女にとってこういう態度も新鮮なようで、それが楽しいらしい。
――そういえば昔アリアも言ってたっけ。護衛している第二王女は結構良い性格をしてるって。
こうしてなんでも楽しめるのは、たしかに良い性格をしているのかもしれない。
王女相手にこんなことを思っていることを知られたら大変なので、心の中に留めておくが……。
「それじゃあ俺はこの後も案内していくから、ククルは先に戻っておいてね」
「え……あ、うん。依頼だもんね……」
本当はこのあと一緒に帰れると思っていたのだろうが、依頼なので諦めて貰うしかない。
あとでローレライにはどこまで話すべきか確認しなければいけないが、今はそれぞれやることを優先すべき、と思っていたら――。
「あら、せっかくだから一緒に街を案内してくれてもいいのよ?」
「え? 本当に?」
「ローラ様、それはギルドの依頼と変わってきますから……」
嬉しそうな顔をするククルだが、シリウスは顔をしかめる。
ギルドと冒険者、そして依頼主の関係は厳密な契約に基づいているものだ。
それを依頼者の都合でねじ曲げたりしてしまえば、冒険者側が損をする可能性が高い。
本人たちにそのつもりはなくとも、前例を作ること自体が推奨されていなかった。
「改めてギルドに依頼をし直せばいいのでしょう? もちろん、ちゃんと別料金も払うわ」
「わ、私お金いらないよ!」
「駄目よ。労働には対価を。正式な依頼なんだから、きちんと報酬を受け取りなさい。それに、実際に住んでいる子ども視点での意見も聞きたいと思ってたもの」
ククルは困ったような顔でこちらを見ているが、正式に依頼をするのであればシリウスが止める理由はなかった。
ローレライもククルのことを知るために来ているので、この方がいいのだろう。
「彼女は一週間滞在するから、その間にこの街を案内するんだけど、ククルの予定ってどうなってる?」
「えっと……決まってるのは明後日、マーサさんがまた呼び込みかけるって言ってたからそれと、あとお婆ちゃんのところだけかな」
お婆ちゃん、というのは魔道具を作っているラーゼ婆さんのことで、シリウスも一緒に受けている家の掃除だ。
あれは定期的に受けていて、シリウスもそこは穴を空けられないのだが……。
「せっかくだから、それも見学させてもらうわね」
「え、いやそれは……」
「ギルドから許可さえ貰えればいいのでしょ?」
なんとも我が儘な言葉に聞こえるが、全部シリウスたちにとって有益な話だからなんとも言いがたい。
実際、ラーゼ婆さんの依頼を受けるということはダブルブッキングするという話なのだが、本人が気にしないのであれば恐らくギルド側も了承するだろう。
――まあ、王族の言葉を否定は出来ないよなぁ。
彼女の身分を知っている身としては、ギルド長のヘクトルがまた胃を痛くしそうだ、と同情した。
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