第8話

「お、おお……そうか……まあ、失礼のないようにな?」


 ローレライの依頼内容の変更を伝えると、案の定ヘクトルは胃を抑えて痛そうにしていた。


 王女の依頼を無碍にすることが出来るわけもなく、了承を得ることになる。

 同時に彼女の正体を知ったククルが驚き、警戒をしてべったり引っ付くことになった。


 シリウスと引き離される可能性を考えたからだ。

 そこは改めて説明をしたのだが、警戒が解ける様子は無かった。


 子どものすること、と言えばそうなのだが、それを見たヘクトルはさらに不安な顔をする。


 もっとも、シリウスはこの半日でローレライの性格もなんとなく掴めていて、むしろククルの態度はからかい甲斐があって楽しむのでは、と思った。


 実際、ククルが自分にくっつきながらローレライを警戒する仕草は小動物のようで、愛らしそうに見ている。

 ただ本当の理由――妹が会いたいと思っていることは伝えなかったので、時期を見る必要があるとは思っているのだろう。 



 部屋から出ると、依頼を終えた冒険者たちがギルドに戻り始めていた。

 知らない美女を連れているシリウスたちに興味津々な顔をしているが、後ろから目を光らせているギルド長を見て、さっと視線を逸らす。


 もっとも、その程度で好奇心を抑えられるのであれば、冒険者などしていない。


 ――これはそのうち聞かれるだろうな。


 事情を伝えられないため誤魔化すことになる。

 嘘が苦手なので、少しだけ憂鬱だった。


「冒険者って意外と帰ってくるの早いのね」

「夜は魔物の時間で危ないですし、命あっての物種ですからね」


 物珍しそうに見ているローレライに、冒険者について説明をする。

 と言っても、基本的なことだ。


 騎士と違ってギルドの命令を無理に聞く必要は無い。

 国のために命を張る必要も無い。

 その代わり、社会的な信用も低い。


「低いの?」

「少なくとも、この国では。まあ他国でもそうだと思いますが、安定した収入もなければ怪我をしたら続けることも出来なくなりますし、将来性は低いですよね」

「そう? 一攫千金を狙って大冒険、なんて夢があっていいじゃない」

「それに投資をしてくれるような物好きは、残念ながら少数なんですよ」


 それこそS級冒険者か、この街であればA級でなければ、投資してもらえないだろう。


 ちなみにシリウスは受けようと思えばアリアから受けられるが、そもそも危険を伴う冒険を行う気がないので、未定のまま話は終わっている。


 アリアとしても、自分のお抱えに出来るメリットよりシリウスが危険な目に合うデメリットの方が大きいので納得しているのだが――。


――し、シリウスを私のモノに……?


と大いに悩んだ過去があった。


「怪我して引退した冒険者はどうするの?」

「大多数は自分の生まれ育った村に帰って農業をします。ギルドの仕事を手伝ったりする人もいますが、学がないとそれも難しいんですよ」


 怪我をして引退した冒険者が国のために出来ることは、実はあまり多くない。

 知識や経験を活かせると言っても、組織化された騎士団の方が資料として纏められているし、共有されていることがほとんどだからだ。


 だからシリウスは、ククルには多くの経験をして広い視野を持って欲しいと思っている。


 彼女の力があれば王宮に士官することも、冒険者として大成することも可能だが、それが幸せかどうかは将来の彼女が決めること。


 ただの冒険者である自分に出来ることは、たとえククルがどんな仕事に就くにしても幸せになれるよう、選択出来るだけの知識と経験を与えることだけだ。


「……どうして彼らは冒険者になったのかしら?」

「それは人それぞれとしか言えないですねぇ」


 たとえばこの街でもトップクラスの実力を持つA級冒険者のグラッド。

 彼は妻子持ちかつ子沢山のパパ冒険者で、 ちゃんと夜遅くなる前には家に戻って子どもの面倒まで見る。


 昔と違って長期的な依頼を受けることも、危険なこともほとんどしなくなり、しっかり貯金までしているのだから尊敬に値する男性だ。


「グラッドさんは特別じゃない?」


 冒険者はなによりも自分に合った天職だから続けている、と言っていたことまで話すと、ククルから突っ込みが入る。


「見習うところが多いなっていつも思うよ。俺もククルを寂しい思いをさせないようにしたいけど、どうしても仕事を優先しないといけないときもあるし」

「いいよ。私ちゃんと我慢できるもん」


 ククルももうこの街にも慣れてきて、一人で依頼を受けることも出来るようにもなっている。


 とはいえ、彼女の見た目の年齢はまだ五歳。

 いくら精神が十代半ばとはいえ、一人にするのはまだ怖い。


「やっぱり心配事は多いんだよ」

「お父さんが心配してくれるのは嬉しいけど大丈夫だよ。だって……」


 ククルは少し周りを見渡すと、知り合いと目が合った。


「ククルちゃん、相変わらずパパと仲良くやってるねぇ」

「シリウス、今日は良い肉が仕入れられたんだ。夜こっちに来いよ!」

「あ、ククルちゃんって次いつならこっちの依頼受けられるのかしら?」

「ちょっとシリウス! なんだいそのべっぴんさんは⁉ ククルちゃんも一緒ってことはついに身を固める決意をしたのかい⁉」


 シリウス、ククルちゃん、シリウス、ククルちゃん……。

 歩けば歩くほど、彼らは声をかけてくる。


 まだククルはこの街に来てから半年ほどしか経っていないのだが、もはや顔見知りが誰一人いない場所を探す方が難しいくらいだ。


 一方的に自分たちを知っている人など、もっと多いことだろう。


「この状況で心配されても、ねぇ」


 今更自分を誘拐しようなんて思う人はいないだろう、とククルは思う。

 短くてもちゃんと会話をするため、その度にシリウスの足が止まるのでローレライは不機嫌にならないだろうか?


 そう思って隣を見上げると、彼女はただただ感心した様子だ。


「アリアから聞いてたしさっきも思ったけど、本当に歩く度に声をかけられるのね」


 ――ガーランドでシリウスのことを知らない人間はいないかもしれません。


 彼女に冗談交じりで言われていたこと、あながち間違いではなさそうだ、とローレライも思った。


「……ねえククル。あの人っていつもこんな感じなの?」

「むしろ今日はまだ帰ってきてない冒険者の人たちが多いから、少ない方かも……です」

「これで少ないのね。あ、敬語は無理にしなくていいわよ」

「……うん」


 街を歩けば誰かが声をかけてくる。

 ククルも依頼を受けたことで天使なんて呼ばれているし、そこそこ有名になったと思う。


 だが声をかけられる理由の大半がシリウスの娘だから、ということはよく理解していた


 歩いている内に徐々に距離が離れていることに気付いた彼は、慌てて戻ってくる。


「すみません! 案内をするのに離れてしまって!」

「いいのよ、これも見たかった光景の一つだもの」

「え?」


 苛立つどころか機嫌良さそうな雰囲気に、シリウスは首を傾げる。

 隣で同じように首を傾げるククルに、親娘似る者ね、と呟きながらローレライは楽しそう笑った。


「さ、それじゃあ話の続きを聞かせて貰おうかしら。この街を見るなら、冒険者のことを知るのは必要ですものね」

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