第9話

 話の続き――それがなぜ彼らは危険を犯してまで冒険者になるのか、ということだと気付いたシリウスは、改めて考える。


「一番は多いのは憧れ……でしょうか」

「憧れ?」

「はい。冒険者の大半は元々騎士を目指していたはずです。しかし騎士とは気高き魂を持ち、清廉潔白であることを求められる者です」

「そうね、それがこの国の騎士の在り方よ」


 ――そんな騎士ばっかりじゃないけどなぁ……。


 ポツリと呟いたククルの言葉に、シリウスは苦笑するしかなかった。


 彼女の知っている騎士は、アリアの部隊かワカ村を襲ったグルコーザたちだけだ。

 だから余計にそう思ってしまうのだろうが、シリウスの知っている騎士の多くはやはり理想を目指して日々鍛錬を怠らない者たちばかり。


「本質的に騎士に向いていないけど憧れを捨てきれなかった人たちが冒険者になった、というのが多い気がします」

「じゃあ本当に、一攫千金を目指してとかじゃないのね」

「長くやっていれば、英雄譚に出てくる波瀾万丈な日々より、当たり前の日常が大切だって思う人の方が多いですからね」


 自分然り、グラッド然り……。

 守りたい者が出来ると、人は変わるものだ。


「ただこの街の冒険者は、世間のイメージに近いかもしれません」

「みんな西の開拓には結構力入れてるもんね」

「そうそう」


 シリウスの言葉にククルが補足するが、まさにその通り。

 この都市よりも西側にはヤムカカンの森含め、未開発の土地が大きく広がっている。

 そのほとんどが強力な魔物の生息地であり、足を踏み入れるには危険な土地だ。


「大陸西部に眠る資源が一つでも見つかれば、一攫千金ってわけね」

「はい。情報も貴重ですしね。だから依頼を受けずに西側の開拓に力を入れる冒険者も多いんです」


 ワカ村や近隣の村々、それに開拓が進むごとに作られた砦などを利用しながら地図を作っているため、それは実に冒険者らしい行動だ。


 王国の中でも特にレベルの高い冒険者が集まる理由もそこにあった。


「あ……すみません、ちょっとだけいいですか?」

「どうしたの?」

「知り合いがなんか困った顔をしていて……」


 今の自分の立場上、ローレライの街案内を最優先にしなければならないのはわかっていた。


 しかし明らかに困った様子の年配女性を見たシリウスは、まるで自分が困ったことが起きたかのような顔をしている。


 そんな彼にローレライは思わず苦笑してしまう。


「まったく、仕方ないわね。良いわよ、話を聞いてきなさい」

「ありがとうございます!」


 許可を得た瞬間、シリウスは即座に動いて女性に向かって駆け出した。


 見て見ぬ振りをしたとしても、誰も責めないのに彼は当然のように助けに行く。

 それは誰にでも出来ることではないとローレライは思った。


「……貴方のお父さん、素敵ね」

「えっ⁉」


 急に二人きりになったククルは、突然の言葉に思わず見上げてしまう。

 からかうような瞳の奥に、本気の感情が混ざっていることはすぐに気が付いた。


「アリアがいつも言っていたの。だからどんな人なのか気になってたんだけど、あの子の言う通りだったわ」

「……」


 ――またお父さんに惹かれてる女の人が……しかも今度は王女。


 一般人から貴族令嬢、そして王族と、我が父は傾国の美女かと言いたくなる。


「ああ、警戒しないで。別に彼を男として欲してるわけじゃないの。ただ興味があっただけ。ねえククル、せっかくだからお父さんのこと、教えてくれない?」

「……いいけど、見たまんまだよ」


 とりあえず、女の視線で見ているわけではなさそうなので、ククルは出会ってから見て来た父のことを語り始め――。


「そう、やっぱり素敵なお父さんね」

「うん……あんなに良い人、他に知らない」


 少々口下手なククルだが、気付けばたくさんのことを話してしまい、恥ずかしくなって顔を伏せる。


 ――一生懸命で可愛いわね。


 好きなことを早口で話すなど、自分の妹と重ねて微笑ましく思う。


「それにしてもあの女性、ずいぶん深刻な顔で話してるけど……」


 その言葉にククルが顔を上げる。

 今シリウスが話をしている女性の名はカジャと言い、ククルもたまにお菓子を貰っている人だ。

 どうやら問題が起きているらしく、遠目で見ても話すにつれて顔色が悪くなっている。


 そんな彼女の話をシリウスは根気強く聞き、ようやく落ち着きを見せ始めた。

 話を聞き終えたシリウスは少しだけ悩んだ後、こちらに小走りにやってくる。


「大丈夫なの? なにか問題があったみたいだけど」

「実は、カジャさんの猫が行方不明になっちゃったらしくて……」

「え、大変! 探してあげないと! あ、でも……」


 普段のシリウスなら一言で探すのを手伝う。

 だが今がローレライを街案内するという正式な依頼の途中だ。

 ククルもそれに気付き、思わず彼女を見上げる。


「構わないわよ。これも街案内の一環じゃない」

「あ、ありがとうございます!」

「でも簡単に見つかるかしら?」


 城塞都市ガーランドは広い。猫一匹を見つけるために動いたとしても、そう簡単ではないが……。


「おーい、そんな困った顔してなにがあったんだよ?」

「なんだなんだ? 困りごとか?」

「今だったら俺、手伝えるぜ」


 一人、二人、三人……。

 シリウスの顔を見た街の人たちが心配そうに近寄ってくる。

 カジャの猫が行方不明になったことを伝えると、彼らは躊躇うことなく協力を申し出てくれた。


 そして注目を浴び、遠目で見ていた人たちも何事かと思いと近づいてくる。

 中心にいるのがシリウスだとわかると、彼らはまたなにか人助けをしようとしているのだと理解し、協力するため手を上げた。


「……どんどん人が集まってくるわね」


 その様子を見ていたローレライが呆然とした表情で呟くと、ククルが一言で返す。


「お父さんだから」

「なんだかこの光景とその一言で彼のことを理解出来た気がするわ」


 ――俺はあっち探してくるわ。

 ――ねえ、この子が行きそうな所ってどこなの?

 ――あたし、ねこちゃんがあつまるところしってるよ!


 すぐに行動を移す男性、猫の行動を確認するためカジャに話しかける女性。自分の知ってることを必死に伝えようとする少女。


 それぞれが出来ることをしようと動き出す。

 そうして一斉に始まる住民たちの猫探し。


 普通、隣人との繋がりは薄いものだ、とローレライは認識していた。

 少なくとも貴族同士の場合、自分の利益になるかならないか、それが人間関係の基準となる。


 だからこうして誰かの為に行動をしている人々を見て、驚いたのだ。

 同時に、この光景を見ると自分の視野は相当狭かったのではないか、と思ってしまう。


「……彼が特別なのかしらね」


 たかが猫一匹。家族でもない人の頼み。

 日常の一つ、少し困った程度のことでしかないのに、シリウスは必死になって声を上げる。


 そんな彼に感化された人々が、街ぐるみになって動く。


「……これは聞いていた以上ね」


 ローレライはそう呟くと、少しだけ優しげに口を緩ませた。

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